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黒田勇樹…引退理由は舞台降板で現在の活動は何してるの?




 

1983年、まだ1歳のときにモデルとしてCMや雑誌でデビューを果たしていた「黒田勇樹」さん。

キネマ旬報賞新人男優賞や日本映画批評家大賞新人賞…
さらには日本アカデミー賞新人俳優賞や全国映連賞男優賞を受賞した名俳優として活躍していました。

さて、そんな黒田さんは今、どのような活動をしているのか?…
皆さんも、あまりご存知ないのではないでしょうか。

名前:黒田勇樹(くろだゆうき)
生年月日:1982年4月23日(37歳)
職業:俳優
所属:株式会社ベンヌ
出身:東京都世田谷区




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まさに物心つく前から活動していた黒田さん…
1988年のNHK大河ドラマ「武田信玄」では、信玄の孫である武田信勝役で俳優デビューを果たしています。

また、約3000倍と言われた1990年に帝国劇場(東京都千代田区丸の内三丁目にある東宝の直営劇場)のミュージカル「オリバー!」では見事に主役のオリバーに抜擢…
8歳で帝国劇場最年少主役となりました。

こうして舞台やドラマ、映画に出演し続けていた黒田さんは、少年期から青年期まで途切れることなく俳優であり続けたレアな役者だったとも言える人物だったのです。

しかし2007年、彼が25歳のときに転機が訪れます…
黒田さんは体調不良のため、舞台「ビューティ・クイーン・オブ・リナーン」を本番の3日間前に降板してしまうという問題を起こしてしまいました。

これが業界関係者の逆鱗に触れたのか、1年間の謹慎処分を課せられ芸能活動を休止に追い込まれてしまったのです。

その後はこれまでのような仕事もなく…
気付けば、2010年4月末に「引退します。外の世界を見てきます」とコメントして芸能界を引退…
フリーター(フリーランス)としての道を選ぶこととなりました。

フリーランスとなって以降は”ハイパーメディアフリーター”と名乗り、メルマガ配信やネット配信番組で活躍の場を拡大し続ける一方で、コールセンターや引越しの仕事、食肉加工工場でアルバイトをしていました。

ハイパーメディアフリーターとしては、Twitter(ツイッター)を多用し、ファンとの交流を続けていました。
特にネットでは「ニーサン」とも呼ばれファンも多いと言います。

中でも2012年1月には、メールマガジンの読者を増やすために、ステルスマーケティング(消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること)を行うことを宣言…
これが反響を呼び、翌月に行われた「つぶやきメディアサミット2012」でツイートエンターテインメント部門賞と年間大賞であるゴールデントゥギャリ大賞を受賞しました。

このステマTwitterに対して黒田さんは、

初ステマなので実績はありませんが『初』という部分に付加価値を感じて頂ければと思います!

とコメントし、芸能界の大スターでさえ100円程度のステマ価格を3000円という高価な設定で行っていたのです。

こうして意外な才能?を見せた黒田さんは、2012年7月10日に歌手の中村瑠衣さんと結婚したことを発表…
中村さんは黒田さんとの結婚は再婚で、前の夫との間に5歳の男子がいました。

しかし2012年8月30日に中村さんは、夫である黒田さんからDVを受けていることをtwitterで暴露…
1月12日には警視庁へ被害届を出しています。

一方、黒田さん側も妻である中村さんからDVを受けていたと反論するも、後にDVを黒田さんは認め、2013年5月27日離婚を正式に発表しました。
ちなみに中村さんは、2014年1月に一般男性と再々婚し、2013年10月27日付のブログにて2人目の子が生まれたことを発表しています。

黒田さんの方は、日本初の映画に特化したクラウドファンディングサービスである「FiRoom」を利用して、特撮映画「メンタルヒーローJ1」(仮)で監督デビューを発表していました。

また演技指導と映像制作など行いながら2014年1月に声優のIKKAN(新井一貫さん)からの誘いを受けて6年振り舞台復帰…
そして2年間で20本以上も舞台出演を重ね、演劇賞を受賞しています。

ただ、生活状況は苦しかったようで、当時は「ギリギリです。死なないぐらい」と自ら語っていました。

芸能界引退後くらいからアル中にもなっていたようで、仕事中は「だいたい酔っ払ってる」と語る黒田さん…

最近では2016年2月のゆうばり国際ファンタスティック映画祭に監督作品が出展されるなど、監督としての活動もしているようですが、収入面ではでバーテンダーやWebのライター、演劇学校の講師などをしているといいます。




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