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村雨辰剛…加藤造園で庭師として働くことになった理由とは?!




 

2018年8月27日から30日まで、NHKで放送された体操番組「みんなで筋肉体操」にアシスタントとして出演してしたのが「村雨辰剛」でした。
北欧スウェーデン生まれの村雨さんが日本に帰化し、さらに愛知県にある加藤造園で庭師として働くようになったきっかけは何だったのでしょうか?
今回は今注目の村雨さんをクローズアップしてみたいと思います。

名前:村雨辰剛(むらさめたつまさ)
本名:ヤコブ・セバスティアン・ビヨーク(Jakob Sebastian Björk)
生年月日:1988年7月25日(30歳)
職業:タレント、庭師、語学教師
所属:株式会社YMN(ワイエムエヌ)
出身:スウェーデン・スコーネ県




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幼い頃から海外の文化に興味があったという村雨辰剛さん。
学生時代は中学・高校と歴史や語学に興味を持ち、勉強もできる方だったのですが数学は苦手だったと言います。

そんな理由もあり、村雨さんはインターネットで様々な国の歴史や文化を調べていくうちに、日本の神道や仏教、歴史、古い建物、伝統文化に興味を持ちました。
中でも日本の持つ美意識であるわび・さびの世界に強く興味を持ったのです。

そうして16歳の時、念願かなった村雨さんは、神奈川県に3カ月間ホームステイをすることになりました。
ホームステイ先は仏壇の前で毎朝お経を読んだりするような家で、まさに村雨さんが求める日本のイメージにぴったりだったのです。

このホームステイが終わり、スウェーデンに帰る頃には「いつかは日本で暮らそう」と心に決めていた村雨さん。
高校卒業後は半年ほどスウェーデンでアルバイトをしてお金を貯め、18歳のとき再来日しました。

再来日した時には日本語、スウェーデン語、英語の3か国語を話せる特技を活かして愛知県名古屋市で語学教師として働き始めます。
また同時期に外国人事務所にスカウトされ、「KAGOME野菜ジュース」のCMやテレビで英会話教師役に出演するなどタレントとしても活動していました。

その後「せっかくなら日本的な仕事がしてみたい」という思い立った村雨さんは、名古屋の造園屋でアルバイトを始めます。
造園屋で村雨さんは、この仕事が「ザ・日本文化」だと感じてとても楽しく、庭師を一生の仕事にしようと考えました。

そこで23歳の時に、きちんとした徒弟制度のある「加藤造園」(愛知県西尾市吉良町下横須賀西下河原43)で弟子入りを志願し、庭師として働くようになります。
またこの頃のタレント活動は、日本テレビ「ZIP!」や「スッキリ!!」などで身近で活躍する助っ人外国人やおすすめ美男子として注目を集めるようになっていました。

そうして、すっかり日本が大好きになった村雨さんは、2016年の26歳の時に日本人として生きていく覚悟を決め、「村雨辰剛」として日本に帰化したのです。
帰化するためには5年以上日本に住所があること、3年以上就労していること、成人していて安定収入があること、日本語能力があることなどの条件があるのですが、村雨さんはそれらを見事にクリアしていました。

ちなみに名前の「村雨」は庭師の親方・加藤剛さんの父親からもらった名字で、カッコよかったから選んだそうです。
下の名前の「辰」は、辰年(たつどし)生まれから取り、「剛」は親方の加藤剛さんの名前から1文字もらって付けました。

「庭師は何百年もの歴史がある仕事。それに関わることができて、やりがいと誇りを感じています」と語る村雨さん。
2017年には、庭師として独り立ちし、現在は大阪府茨木市に本社を置く、株式会社ユニバーサし園芸社のEASTスタッフ(東京都中央区日本橋箱崎町5-11)としても活動しています。

また、最近の村雨さんの活動と言えば、ドラマ初出演したり、明治ザ・グリークヨーグルトの「LET’sたんぱく!キャンペーン」に起用され、トレーニング動画を配信するなどの活動もしています。
これからますます活躍するであろう村雨辰剛さんに目が離せません。




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