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松平定知…タクシー運転手暴行事件の真相とはいかに?!

実は徳川家康の異父弟・松平定勝を祖とする松平家の末裔で、そのため「殿」とも言われていたのがNHKアナウンサーの「松平定知」さんです。

1990年6月、主管から一気に特別職局次長へと100人抜きで2階級特進するなど、NHKの顔ともいえるキャスターでした。
そんな松平さんが、タクシー運転手を蹴る事件を起こしたのは1991年5月のことです。

名前:松平定知(まつだいらさだとも)
生年月日:1944年11月7日(74歳)
職業:フリーアナウンサー、元NHKエグゼクティブアナウンサー(理事待遇)、京都造形芸術大学芸術学部通信教育部教授、早稲田大学専門職大学院公共経営研究科客員教授、國學院大學文学部客員教授、立教大学21世紀社会デザイン研究科客員教授
出身:東京都文京区 ※満州国・新京生まれ
学歴:早稲田大学商学部卒業



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5月24日深夜…
世田谷から渋谷に向かう個人タクシーの中で、松平さんは備え付けられた運転手個人の自動車電話を勝手に使い始めました。

マナー的には、それだけでもヒンシュクものですが、カチャカチャと何度もやり続けたといいます。

見るに見かねた運転手が代わりにかけたところ、電話はつながりました。
ところが、松平さんは「出ないや」と言って受話器を一度置き、もう一度かけようとしたのです。

そこで運転手が「無駄じゃないですか」と言うと、松平さんの態度が豹変…
「オレが電話するのにテメエなんかにとやかく言われる覚えはない!」と怒鳴り、革靴を履いた足でいきなり運転手の左頬を蹴ったというのです。
運転手が「何をするんですか!?」と言うと、さらに受話器で頭を殴りました。

信号待ちから発進したばかりで、時速30キロほど出ておりタクシーは走行中…
運転手は車を停止させて「交番に行きましょう」と言うと、松平さんも「行きましょう」と応じたといいます。

その後、酔いがさめてきた松平さんは「この話は無しにしよう」と持ちかけましたが、運転手は構わず交番に向かったのです。
松平さんは「申し訳ありません」と謝りましたが、お巡りさんからは「バカなことはしないように!」とコッテリと絞られました。

運転手は全治1週間の打撲を負いましたが、治療費や慰謝料は請求せず、告訴もしない方針で、松平さんは交番で調書を取られたのみ…
事件はそのまま終わるかに見えました。

しかし、経緯を聞いた運転手の友人の個人タクシー無線部長が新聞にリーク…
翌日夕刊の社会面のトップ記事には「殿のご乱心」と出て、あっという間に世間に知れ渡ったのです。

当日夜にはおわび会見が行われたのですが、発言はわずか3分…
記者団から「報道の立場にある人間が何も答えないで済むと思ってんのか!」と罵声が飛びました。

NHKは5月28日、松平さんに訓告処分を下し、当分の間、番組出演自粛とし、松平さん自身も休暇届を出して雲隠れ…
1カ月ほどアジア各国を訪問した後、若手の指導や資料整理などを担当していました。

それから4カ月後の1991年9月末…
松平さんはNHKスペシャルに出演し、「ブラウン管を通して皆さまの前にて仕事をやっていきたい」と語り、同日、3分間のPR番組「テレマップ」でおわび放送も行いました。

ちなみに、この視聴率は20.4%を記録し、直後に放送された7時のニュースを超えたといいます。

復帰は1995年4月の「ニュース11」ですが、合図に気づかなかったスタッフにペンを投げつける姿が放送されるハプニングもありました。
同番組後には「その時歴史が動いた」を担当し、2007年12月の退職後は、フリーアナとして2009年3月の番組終了まで司会を務めています。

その後はNHKに単発出演したり、、京都造形芸術大学芸術学部通信教育部教授や早稲田大学専門職大学院公共経営研究科客員教授、國學院大學文学部客員教授や立教大学21世紀社会デザイン研究科客員教授などなど、複数の大学で客員教授にも就任しています。

最近ではテレビドラマ「下町ロケット」(2015年・TBSテレビ)でナレーションや、連続テレビ小説「あさが来た」(2016年・NHK総合)にも出演しており、著書や監修などにも力を入れています。




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