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千昌夫…離婚慰謝料は「50億円」?!

大ヒット曲「北国の春」で有名な「千昌夫」さん。

かつておしどり夫婦として知られた外国人妻がいたバブル期には「歌う不動産」といわれましたが、夫婦生活は破城し、慰謝料の金額が大きな話題になったことがありました。

名前:千昌夫(せんまさお)
本名:阿部健太郎(あべけんたろう)
生年月日:1947年4月8日(72歳)
職業:演歌歌手、実業家
所属:(有)ジュクネン
出身:岩手県陸前高田市
学歴:水沢第一高等学校(中退)




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1988年7月15日午後1時、報道陣が東京・広尾の豪邸の前に集まりました。
記者会見の主はジョーン・シェパードさん(当時43歳)…
別居生活2年の末の離婚調停が午前中に終了したのです。

彼女は、

本日をもって私と千昌夫の離婚問題は円満解決しました

とサバサバとした表情で声明文を読み上げ、16年間の結婚生活の終わりを告げました。

注目されていた慰謝料の金額についての記者の質問には、その時はノーコメントだったのです。

しかし後日、関係者の話から、その額が約50億円と判明します…
これは今なお日本の芸能人の離婚の慰謝料としては最高額ですが、「意外と安くすんだな」と感想を漏らした芸能記者も少なくなかったといいます。
これには理由がありました。

夫婦の危機が伝えられたのは1986年8月…
千さんが広尾の家を出て横浜に15億円で584坪の別宅を買い、若い英国人女性と暮らしていました。

千さんは別居の事実は認めましたが、離婚はしないと断言…
ちなみに、この時同棲していた女性が現・千昌夫さんの夫人です。
その翌1987年6月12日、ついにシェパードさん側が離婚訴訟をカリフォルニアの裁判所に起こしました。

千さんは歌手業、ホテル経営、貸しビル業、居酒屋チェーン経営などで事業家として大当たり…
その総資産が720億円と見積もられ、半分の360億円が財産分与として請求されたのです。

この数字に世間は仰天…
千さんは拒否して事態は膠着状態になりました。

11月には千さんが唐突に復縁のラブコールを送りましたが、妻は拒否…
結局、焦点は慰謝料になったのです。

1988年5月に来日したシェパードさんの米国人弁護士が改めて千さんの資産状況を精査したところ、予想外に負債が多く、50億円という請求額に落ち着き、 これに千さんも同意したのでした。

結婚は1972年…
シェパードさんはグレン・ミラー楽団の歌手を務める一方、ウーマンリブ活動を行っていました。

彼女の金髪碧眼の美貌と東北弁丸出しの千さんとのギャップが受け、夫婦揃ってのテレビ出演も多く、仲むつまじそうな姿は「国際嬉の成功例」ともいわれていました。

1977年にはともに出演した家電メーカーのCMでの、千さんとシェパードさんの「かーちゃんは英語がうまいもんだから。どこで覚えたの」、「イワテケーン」というやりとりが人気となり、「イワテケーン」は流行語になったのです。

彼女単独でも1978年から1981年にかけて「新婚さんいらっしゃい!」のアシスタント司会を務め、桂三枝さんとの軽妙なやりとりが注目を集めたりもしました。

彼女は離婚後も慰謝料の一部だった時価二十数億円といわれた広尾の豪邸に住んでいました…

しかし、この家は抵当の関係で千昌夫さんの会社名義になっていたため、2000年、千さんの事業破綻とともに債権者の要求で立ち退きを余儀なくされ、彼女は約30年間住んだ日本を離れてアメリカに帰ったのです。





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