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宝田明…元妻「児島明子」との馴れ初めから結婚・離婚まで





東宝映画「ゴジラ」(1954年)の主演でブレークし、昭和30年代には東宝の二枚目トップスターとして活躍した「宝田明」さん。
そんな宝田さんが結婚したのは1966年4月29日…
32歳の誕生日のときでした。

名前:宝田明(たからだあきら)
生年月日:1934年4月29日(84歳)
職業:映画俳優、タレント、声優
出生地:朝鮮・咸鏡北道清津
学歴:東京都立豊島高等学校




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相手は1959年のミス・ユニバース第8回大会で東洋人として初の優勝という快挙を成し遂げたモデルの「児島明子」さん(当時29歳)でした。

知り合ったのは児島さんが大阪でファッションモデルとして活動していた1954年頃…
しかし、当時は単なる知人で、本格的な交際が始まったのは1956年に児島さんが上京してからでした。

当時は児島さんはミス・ユニバースを獲得し、宝田さんも東宝のスターとして人気急上昇中…
スキャンダルを恐れて大っぴらに会うこともできない状態になり、話はなかなか進まなかったのです。

しかし、宝田さんが「彼女が好きだ。こんなボクについてきてくれるなら結婚する」と宣言すると、児島さんも「男のお友達の中では一番親しくしています」とコメント…
宝田さんの所属事務所も「明日(結婚)したいと言ってきても、東宝はそれに反対する理由はありません」と語るなど、熱愛情報は繰り返し芸能マスコミを賑わせたのです。

けれども、煮え切らない事態はその後も続き…
1961年には宝田さんに香港の女優、尤敏さんとの熱愛情報が流れ、児島さんも日本航空パイロットとの婚約を発表するなど波乱も起きました。
児島さんの婚約はすぐに破談となったのですが、依然として2人の関係は進展が見られなかったのです。

長すぎる春に終止符が打たれたのは交際が始まってから10年もの月日が経った1966年4月でした。
翌年には長女(児島未散さん)が誕生し、続いて長男・次男が生まれ、2人は芸能界でも指折りのおしどり夫婦と呼ばれるようになったのです。

しかし、結婚10年目を迎えた1975年、宝田さんに不倫疑惑が持ち上がりました。
相手はミュージカル共演で知り合い、その後、自分の事務所に移籍させた16歳下の女性です。

愛人の存在を指摘された宝田さんは「社長と所属タレント」と疑惑を否定しましたが、「役者は浮気心がなければ、色気のある良い演技はできない」、「女房に着物一枚買ってやったことがない」、「ウチのヤツは、俺と結婚して失敗したと思ってるんじゃないですか」と微妙な発言も出ていました。

その後、女性は芸能活動を停止…
宝田さんが1980年に開校したミュージカル俳優養成学校「宝田芸術学園」で事務を担当し、さらに宝田さんの私設秘書になりました。
もっとも、1983年5月に学園は倒産しています。

同時期に児島さんが子どもを連れて家を出たという報道が流れました。
離婚の噂に対して宝田さんは「今何も言いたくないよ」、「書きたければ離婚と書いたっていいよ」と言葉を濁しましたが、その後も関係は修復できなかったのです。

1983年秋には秘書女性が宝田さんの自宅に移ったという報道も流れ、弁護士を介して養育費や財産分与など離婚に向けての協議も始まりました。
結局、1984年1月に離婚が成立…
同年9月、宝田さんは「きちんとしたい」と秘書女性と入籍し、会見で「彼女ともう一度やり直そうと思いました」と語りました。

宝田さんはその後も、映画「大仏廻国 The Great Buddha Arrival」(2018年)やスペシャルドラマ「経世済民の男」(2015年)などに出演し、第一線で活躍を続けています。




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