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城達也…ジェットストリームの最終回で語った言葉とは?




 

甘い声が魅力で「プラチナの低音」と呼ばれた声優の「城達也」さん。
TOKYO FMの音楽番組「ジェット・ストリーム」では、1967年の放送開始以来、ナレーションを務めていましたが、1994年12月、食道がんで番組を降板しています。

その後、城さんは1995年2月、惜しまれながら63歳で亡くなりました。

名前:城達也(じょうたつや)
生年月日:1931年12月13日~1995年2月25日(享年63歳)
職業:俳優、声優、ナレーター
所属:東京俳優生活協同組合
出身:大分県
学歴:早稲田大学第二文学部仏文専修




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1992年ごろから異常な疲労感に襲われることがあったという城さん…
1993年6月の人間ドックでは異常はありませんでしたが、半年後の12月に病院で検査を受けたところ、食道がんが発見されます。

医師は城さん本人に告知し、帰宅した城は妻に「ズバリと言われちゃったよ。こんな病気になってごめん。でも、あなたがしっかりしてくれないと療養できないのでよろしく」と告げました。

即時入院を勧められましたが、手術の順番待ちだけではなく、番組に対する責任感から入院を翌年2月末まで延期したのです。
「ジェット・ストリーム」では、通常1日の収録で月曜から金曜までの5本分の録音が行われていましたが、番組が途切れることを心配した城さんは入院までの間、10本から15本分をまとめて収録するなど、精力的に仕事をこなしました。

がんの摘出手術は3月1日に行われましたが、城さんは「声帯は私の命。声が変わらぬよう、ぜひよろしくお願いします」と担当医に頼みました。
大手術だったこともあり、退院は5月にずれ込みます。

仕事への全面復帰はできませんでしたが、ジェット・ストリームの収録だけは体調の良い時を見計らって続けていましたが、夏には肝臓へのがん転移が判明しました。

入退院を繰り返すようになり、「もし倒れたら迷惑がかかる」と、とうとう番組降板を申し出ます。
最後の収録は1994年12月13日、63歳の誕生日に行われました。

この日も最終回を含めて2週分10本が録音されました。
「ラスト・フライト」というタイトルが付けられた最終回のオンエアは12月30日…
城さんは番組の終わりを「27年間、私がで案内役を務めて参りましたジェット・ストリーム今夜でお別れでございます。長い間本当にありがとうございました。またいつの日か、夢も遥かな空の旅でお会いいたしましょう。では皆さまさようなら。良いお年をお迎えください」と締めくくったのです。

27年間、城さんは番組を一度も休むことはなく、最終回までの放送は実に7387回を数えました。
番組担当中、海外旅行に行く時間が取れなかった城さんは降板後、「これから旅に出ようかな」と語っていましたが、その後、病状は悪化し入院となります。

妻は当時の様子を「自分の欠点を見せないというか、病気でもお見舞いに来てくださる方には元気なように振る舞っていました」と語りました。
そして2月25日に容体が急変…
午後8時10分に眠るように息を引き取ったのです。

1995年1月からのジェット・ストリームは城さんが所属する事務所の後輩である小野田英一さんが引き継ぎました。
その後、森田真奈美さん、伊武雅刀さんを経て、2009年4月からは大沢たかおさんがナレーションを担当しています。

城さんが亡くなった際に、タモリさんは「笑っていいとも!」の番組中「テレフォンショッキング」のコーナーの冒頭で「城達也さんが亡くなられました。私は城達也さんに薬の使用上の注意を読み上げてもらったことがあるんですが、聞き入ってしまって言葉にならない感動があった。あれは感動しましたね。」と語っています。




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