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父親の仕事から読み解く「斎藤アリス」は春日局の末裔?!

実家は400坪の土地に8LLDDKKの2億円の豪邸…
庭は、万博にて日本庭園を披露した野村勘治氏が作成し、リビング30畳…
などなど、というとんでもない豪邸に住むお嬢様こそ「斎藤アリス」さんです。

名前:斉藤アリス(さいとうアリス)
生年月日:1988年4月3日(31歳)
職業:ファッションモデル、ジャーナリスト
所属:エイジアプロモーション
出身:イギリス・ロンドン ※愛知県豊明市育ち
学歴:明治大学農学部食料環境政策学科、ロンドンの美術大学院



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さて、斎藤アリスさんが、なぜこれほどのお金持ちなのか?…
というと、両親が会社経営などで富を築いていたからに他なりません。

斉藤さんは父親がオーストリア人、母親が日本人のハーフ…
まず父親のFelix Puschkarski氏は世界的にヒットした玩具「モーラー」の開発です。

モーラーとは、増田屋コーポレーションが1975年に発売した玩具のこと…
生きているかのように操れるおもちゃのことです。
最近だと、マジシャンのマギー審司さんが舞台で使用しているアライグマのラッキー君などもモーラーですね。

モーラーは正式名称を「Wurli」と言い、1972年にオーストリアのウィーンで当時24歳だった斉藤さんの父・Felix Puschkarski氏が特許を取得しました。
当時、Felix Puschkarski氏は路上でパフォーマンスをしながら、このモーラー(Wurli)販売していたのです。

そうして1972年の8月に行われた夏季オリンピック(ミュンヘンオリンピック)で、Felix Puschkarski氏は競技場周辺で単独の実演販売を行い、9日間で10万個を売り上げました。

そもそも斉藤さんの父・Felix Puschkarski氏はウィーン経済大学出身で、ドイツ語やフランス語、英語や日本語を話すことのできるエリートだったので、このような芸当ができたのではないかと思われます。

その後、世界最大の国際的な玩具とゲームの商談会である「ドイツのニュルンベルク国際玩具見本市」(ニュルンベルクトイフェア、ニュルンベルクトイメッセ)でアメリカ人バイヤーの目に止まり、1974年からアメリカでは “Squirmles” という名前で大々的にテレビCMやキャンペーンが行われ、2か月で500万個を売る大ヒットとなりました。

そうて1年後の1975年…
アメリカでの人気を受けて、日本では増田屋コーポレーションがモーラーを発売し、大々的なブームを巻き起こしました。

ちなみに増田屋コーポレーション(株式会社増田屋コーポレーション)は、江戸時代の享保年間に、あの「春日局」(江戸幕府3代将軍・徳川家光の乳母で本名は「斎藤福」)の末裔とされる齋藤林兵衛氏の元で創業された歴史ある会社です。

現在の代表取締役社長は8代目となる齋藤晴正氏ですが、斉藤アリスさんの親族にあたる方なのでは?と推測できます。
つまり斉藤さんの母親が、この増田屋コーポレーションの一族である可能性が高いということですね。
そうなれば斉藤アリスさんはひょっとすると、あの春日局の末裔にあたるのかもしれません。

さて、その後、斉藤さんの父・Felix Puschkarski氏ですが…
現在では玩具関係ではなく、愛知県名古屋市に株式会社REFLEXという翻訳事務所の取締役をされているそうです。




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