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デーモン閣下…結婚と子供発覚が大スキャンダルに?!

ヘビメタバンド「聖飢魔Ⅱ(せいきまつ)」を率いた「デーモン閣下」の二股交際疑惑が発覚したのは1994年5月のことでした。
前年、未入籍の妻A子さんと子供の存在が報じられていたデーモン閣下(当時10万31歳)ですが、親子関係を疑い、血液鑑定を要求…
その後、別人と結婚していました。

当時、妻子を捨てた形になったデーモン閣下に対して、マスコミは「まさに悪魔の所業」と書き立てられたのです。

名前:デーモン閣下(デーモンかっか)
生年月日:紀元前98038年11月10日(年齢100055歳) ※自称
職業:ミュージシャン・マルチタレント・ジャーナリスト
出身地:地獄の都Bitter Valley地区 ※自称
学歴:早稲田大学社会科学部



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デーモン閣下の”隠し妻子”が女性誌にキャッチされたのは1993年秋のこと。
1月に記者会見を開いたデーモン閣下は「我が輩は悪魔だけど、生命の誕生はうれしい」、「我が輩の子供として認知する」と、9月に娘が生まれたことを認めました。
しかし、入籍については「紙切れ1枚で縛られ、何十年間も一人の女性を愛することはできない」と消極的だったのです。

翌1994年1月上旬、女性誌に「閣下はA子さんとは結婚しない」との極秘電話が寄せられます。
1月中旬、デーモン閣下はA子さんとケンカして以来、会わなくなっていました。
さらに、電話で「実はお前と付き合う3カ月前から付き合っているB子がいる」と告げるのです。

追い打ちをかけるように、2月下句には弁護士を通じて「通知人(閣下)としては、貴殿(A子さん)の子供が、通知人の子供であるか否かということが、いささか疑問の点である」と、A子さんのもとに入籍どころか、親子関係を疑う内容証明郵届きました。

5月に記者会見を開いたデーモン閣下は「我が輩は並行して二股をかけていたなんてつもりは毛頭なく、あくまでも交際していたのはB子のみであるという認識にある」とコメント…
さらに「A子問題に一つ一つケジメをつけていく中で、B子と籍を入れようと思っている」と本命の入籍宣言を行いました。

一方、A子さんに対しては、「A子が我が輩の子供を妊娠したと計算される日が、初めて会った日であるという新妻だけな今日は述べさせてもらう」というにとどまり、責任問題については歯切れの悪い回答を繰り返しました。

問題の血液鑑定結果は8月に出て、判定は間違いなくデーモン閣下の子供だというものでした。

8月23日の記者会見でデーモン閣下は「我が輩の子でない可能性は3000億分の1だそうだ」と親子関係を認めて、認知したことを発表…
しかし、子供とは「1月に会って以来、会っていない。電話もしていない」、「我が輩が産むことに同意したのは彼女が中絶すると子供が産めない体になるというからで、その際も“結婚”という言葉は一度も発言していない」と冷たい態度を見せたのです。

認知で一区切りをつけたデーモン閣下は、A子さんとの子供が1歳の誕生日を迎える直前の9月7日にB子さんと入籍…
もっとも、結婚生活は長くは続きませんでした。

B子さんとの間に2児を授かった閣下でしたが、2年半後の1997年5月に別居が報じられ、2000年9月に離婚報告メッセージがマスコミ各社に送られました。
その後、2003年12月に長年のファンである一般人との結婚が公式サイトの会員ページで報告しています。




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