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高倉健…江利チエミとの離婚の真相が衝撃だった?!




 

2014年1月に83歳で亡くなった「高倉健」さん。
遺作となった2012年公開の映画「あなたへ」(東宝)は、高倉さん演じる刑務所の指導技官が、亡き妻(田中裕子さん)の生前の真意を知るために富山から九州まで旅するロードムービーです。

妻への深い思いを胸に秘める寡黙な男は「幸福の黄色いハンカチ」(1977年)以来のハマリ役となりました。
そんな高倉さんが実生活で愛した女性はただ一人…
夫婦生活13年目に破局を迎えた江利チエミさんでした。

名前:高倉健(たかくらけん)
本名:小田剛一(おだごういち)
生年月日:1931年2月16日~2014年11月10日(享年83歳)
職業:俳優・歌手
所属:高倉プロモーション
出生地:福岡県中間市
学歴:明治大学商学部商学科



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高倉健が28歳の誕生日となる1959年2月16日に結婚した高倉健さんと江利チエミさん。
2人は1971年9月3日に離婚しています。

では、高倉さんと江利ミさんがなぜ別れたのか?
この2人の離婚は、はっきりしない不可思議なものでした。

結婚3年目に妊娠したのですが、江利さんは仕事を優先して結局産みませんでした(後に重度の妊娠高血圧症候群と発覚)。
以降、夫婦の関係がギクシャクするのですが、それが離婚の原因ではなかったのです。

1971年9月3日、それぞれが別の場所で記者会見を開きます。
江利さんは赤坂プリンスで、離婚の理由を「私のいたらなさ」と述べました。

一方の高倉さんは銀座の東映本社で会見に臨む手はずとなっていたのですが、本人は姿を見せず、代わって当時の岡田茂東映社長(故人)が「高倉君は今、痔の手術で入院しております」と説明したのです。

実は、この入院話が本当だったかどうかは怪しいのです…
実はその前夜、高倉さんは週刊誌記者の直撃を受けていました。
「全て私の不徳の致すところ」と繰り返すばかりだったと言います。

高倉さんは誠実に対応しようとする性格…
会見に出れば、ヘタなことをしゃべってしまうのでは?と東映側がおそれたことが理由ではないかと言われています。

後日、判明するのですが、実は言葉にできない事実があったのです。
夫婦の家に家政婦として入り込んでいた江利さんの異父姉Y子が2億円を横領…
さらに、高倉さんにまで触手を伸ばしていたことがわかり、罪を感じた江利さんが離婚を申し出たのです。

「妹が憎い。同じ母の血を引きながら、妹は華やかなスポットライトを浴びているのに、姉の自分は惨(みじ)めな女中にしかすぎない。いつか必ず復讐してやる!」…
Y子は大学ノートにこのような手記を残していました。

2億円を使い尽くすと「高倉が家に収入を入れないために、金融業者から借金をしなけれぱならなくなった」とマスコミに嘘を並べ立てます。
ついには高倉さん名義の不動産まで勝手に抵当に入れ、お金を捻出しました。

離婚後、江利さんはY子を刑事告訴。
Y子は懲役3年の実刑が下りました。

江利さんは高倉さんに土下座して謝り、泣きながら「いつかまた一緒になって欲しい」と頼んだのです。
高倉さんも「ほとぼりが冷めたら」と答えましたが、それは叶いませんでした。

1982年2月に江利さんが45歳の若さで亡くなったからです。
一人暮らしのマンションで酔って嘔吐…
吐しゃ物が気管に詰まって窒息死でした。

テネシーワルツで一世を風靡した彼女も、高倉さんと別れたあとは地方回りの日々…
毎晩、酒を浴びるように飲んでいました。

江利さんの墓は高倉さんと暮らした家から歩いて数分の法徳寺(世田谷区)にあります。
毎年の命日前後になると、早朝の薄暗い中、一人で花を手向ける高倉さんの姿が見られたと言います。




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