「一億人の妹」のキャッチフレーズで歌手デビューを果たし、2代目「コメットさん」で女優としても人気だった「大場久美子」さん。
しかし、そんな大場さんは1990年代、アイドルらしからぬ借金スキャンダルに見舞われてことがあるのです。
名前:大場久美子(おおばくみこ)
生年月日:1960年1月6日(59歳)
職業:女優、歌手、心理カウンセラー
所属:オフィスキコ
出身:埼玉県川口市
学歴:堀越高等学校
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1994年4月19日、大場久美子さん(当時34歳)は覚悟を決めて報道陣の前に立っていました。
会見の内容は大場さんの負債額が1億1640万円を抱え、返済のメドが立たないので、1月18日に自己破産の申し立てをし、4月12日に東京地裁から破産宣告を受けたというものでした。
しかし、前代未聞とも言えるこの破産会見は理解に苦しむ内容でもありました。
会見では始まる前に「お詫び状」を配布…
そこには「大場は被害者と言っても過言ではない」とあったのです。
経緯はこのようなものでした。
1990年夏頃、大場さんは当時の所属事務所社長に頼まれて、静岡県島田市内に開店したレストラン「ホワイトバス2号店」の代表取締役になりました。
いわゆる名義貸しで、店にはノータッチ。
実際は社長の知人が経営していて、1年経たずに経営不振に陥り、知人は多額の負債を残して失踪したのです。
1992年夏には閉店。
大場さんが月々106万円を返済していましたが、同年には所属事務所が倒産してしまいます。
やむなく翌年に個人事務所を設立して芸能活動を続けましたが、その年の年収は1000万円程度で、どうにもなりませんでした。
そこで返済のために保険を解約して両親からも借金したのです。
しかし元金は減らず、借金がかさむ悪循環で、疲れ果てた大場さんが「会見で明らがにするしかない」と決断したのだと言います。
社長に関しては このような発言が目立ちました。
「恨みはありません。自分の親だと思っていたのに騙された私がバカ」と擁護(ようご)し、社長と「連絡がつかない」と言いながら、1993年に1度会っていて、しかも肝心の借金の話をしなかったと言います。
そして、「連絡がつかない」はずの社長が翌日の新聞で、「負債について知らされておらず、自分も保証人なのに相談にも来ず、なぜ破産を申し立てたのか?」と反論しました。
そこで大場さんが知人と共謀して知人の借金を帳消しにするため、偽装破産したという説まで報じられたのです。
この知人の行方は、その後も不明で真相はうやむやです。
1994年6月13日には東京地裁で第1回債権者集会が開かれました。
その際に公表された資産は、すでに借金の抵当に入っている山中湖の別荘とタンスなどの家具類のみ…
後に免責を受けて借金はチャラになったものの、金銭的に厳しい生活が続きました。
さらに、大場さんには闘病もありました。
実母が膠原病(こうげんびょう)を患い、1999年6月に死去。
次に大場さんがパニック障害を患って外出もままならない状態が続いたのです。
そんな大場さんを支えたのは2000年に結婚した6歳下のダンサー兼振付師の高橋哲也さんでした。
しかし、高橋さんとも5年で破綻。
その後は元気を取り戻してテレビ番組でパニック障害を公表するまでに回復し、心理カウンセラーの資格を取得してから講演会や悩み相談などに励んでいます。
最近ではアイドル時代からの親友、林寛子さんらと懐メロコンサートを開いて仕事も順調の様子。
資格を積極的に取得し、現在はハンドリフレカウンセラー、食品衛生責任者、カラー心理士、音楽健康指導士2級、フットリーディングアドバンスセラピスト(足底反射療法士)、体温管理士などを持っています。
また、2011年に10歳下の男性と再婚し、精力的に芸能活動を行っています。
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