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いかりや長介…アフリカに「長さん村」を持つ?!




 

ザ・ドリフターズの3代目のリーダーとして、数々の番組に出演し、一世を風靡した故・「いかりや長介」さん。

いかりや長介さんは特徴的な顔立ちをされていますが、そんないかりや長介さんそっくりの人たちで溢れる村がある…
という都市伝説をご存知だったでしょうか?

名前:いかりや長介(いかりやちょうすけ)
本名:碇矢長一(いかりやちょういち)
生年月日:1931年11月1日~2004年3月20日(享年72歳)
職業:コメディアン、タレント、俳優、ベーシスト、ミュージシャン
所属:イザワオフィス
出身:東京府東京市本所区中之郷横川町
学歴:東京都立本所高等学校(中退)




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加藤茶さんの45歳差婚、仲本工事の27歳差婚など、今や中年独身男性の希望の星となっているザ・ドリフターズのメンバー…
そんなザ・ドリフターズのリーダーであった故・いかりや長介さんだらけの村がある?…
という芸能都市伝説があります。

その村では男女を問わず、いかりや長介さんのあの特徴的な顔にそっくりの人たちがいるというのです。
いかにもバカバカしい「ザ・都市伝説」のようなエピソードですが実際、アフリカの民族的な彫刻にいかりや長介さんそっくりの物が存在するのです。
やや面長で、唇を突き出したような濃いめの顔立ちの彫刻です。

アフリカにはこのようなデフォルメの仕方をする彫刻は多いらしく、やはり、いかりやさんそっくりのモデルが実際にいたのでは?…
と思えるほどなのです。

この彫刻は日本でも三重県・伊勢志摩地方にある、東アフリカ・タンザニアのマコンデ高原に住むマコンデ族の民芸品を集めた「マコンデ美術館」で確認することができます。
また、偶然か否かそのものズバリ「チョーサン」と名付けられた彫刻も存在するというから驚きです。

さらに、いかりやさん自身もアフリカと無関係だったわけではありません。
彼は1970年代に番組のロケでアフリカに行ったことをきっかけに、アフリカに魅せられ、ロケ以外でも何度も旅に行くほどアフリカの地を愛していたといいます。

アフリカのとある部族を訪れたいかりやさんは、現地人から友好的な人物だと見出され、仲間となるための儀式を強要されたそうです。
それはヤギの乳にヤギの血を入れた飲み物を回し飲みする…
という儀式なのですが、いかりやさんは、彼らに受け入れて貰うべく臆することなくヤギの血を飲み干したと言われています。

いかりや長介さんがアフリカに何度も足を運ぶようになったのはそれからだといいます。

しかも、メンバーの志村けんさんの言うところには、

長さんはアフリカに大量の愛人がおり、生まれた子どもはみんな長さんの顔で生まれるため、アフリカでは長さんの子どもだけで構成された『長さん村』なる村まである

といいます。

無論、出典が志村けんさんなので信憑性は微妙なところですが夢のある話です。

2004年にリーダーのいかりや長介さんが亡くなってから10余年…
追加メンバーこそ現れていませんが、長さんの遺伝子は日本を遠く離れたアフリカの地で脈々と残されているのでしょうか。

なお、いかりやさんが亡くなった後、ドリフの新メンバーは「長さん村」の村民から抜擢しようという話もあったといいますが、こちらも残念ながら実現には至っていません。

以上の話はあくまで都市伝説の域を出ないことを最後にお伝えしておきます。




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