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高倉健…養女の名前「河野貴」(芸名:貴倉良子)が明らかになる




 

「高倉健」さんと言えば、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を4回受賞するなど日本を代表する映画スターです。
そんな高倉さんが悪性リンパ腫により83歳で亡くなったのは2014年11貝10日のことでした。

名前:高倉健(たかくらけん)
本名:小田剛一(おだごういち)
生年月日:1931年2月16日~2014年11月10日(享年83歳)
職業:俳優・歌手
所属:高倉プロモーション
出身:福岡県中間市
学歴:明治大学商学部商学科




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高倉さんは2009年に前立腺がんの手術を受けましたが克服し、撮影現場に復帰します。
2012年には205本目の主演作品「あなたへ」が公開されました。

2013年に映画俳優としては初の文化勲章を受賞…
その後も映画への出演が予定されていました。

しかし、2014年春、検査で悪性リンパ腫が発見されます。
入院を余儀なくされた高倉さんでしたが、病気の事実は公表されませんでした。

一度は全治とまでは言えないものの、病状が治まって仕事に復帰しましたが、10月に再発します。

「もし亡くなっても密葬を済ませてから発表して欲しい」との意向を示していた高倉さん…
病床では最後の力を振り絞って手記を執筆し、映画人生や死生観を語りました。

11月初旬、容体が悪化し意識不明になります。
しかし、最後まで病に倒れた姿を見せることなく、わずかな病院関係者に見送られながらこの世を去りました。

死が公表されたのは1週間以上が経った11月18日…
しかし、その後、高倉さんに養女がいたという驚きの事実が発覚するのです。

その養女とは、亡くなる半年前の2013年5月に養子縁組した当時50歳の女性で、1980年代に「貴倉良子(たかくらりょうこ)」(本名:河野貴)の芸名で女優として活動していたこともありました。

その後はライターやホテルジャーナリスト、テレビディレクターとしても活動し、引退後は高倉さんの身の回りの世話や秘書としての仕事もこなしていたのです。
控えめで気遣いのできる女性で家政婦だと思っていた人もいたといいます。

高倉さんは1959年に江利チエミさんと結婚しましたが、1971年に離婚…
2人の間に子どもはいませんでした。

■高倉健…江利チエミとの離婚の真相が衝撃?!

「長年世話になった人に財産を残したい」と弁護士に相談していた高倉さんの自筆の遺言書に、すべての財産を養女に相続させる旨が綴られていたのです。

遺産は不動産が8億円に加え、証券など金融資産が30億円…
銀行預金などを含めると40億円以上になるといわれ、その額は芸能界過去最高でした。
相続税も高額で捻出するために赤坂に所有していたマンションを売却したとの報道も流れたほどです。

突然現れた養女の存在 意外にも世間からのバッシングはほとんどありませんでした。
気配りや気遣いの人として有名だった高倉さん同様、養女も腰の低い人で、関係者からは納得の声が出たといいます。

一方、高倉さんの実妹との間にはしこりが残ったという報道もありました。
フランスの俳優、ジャン・ギャバンを尊敬していた高倉さんはギャバンと同じように散骨を希望…
戒名や葬式もしないよう、書面に書き残していました。

養女はこれらの遺言を静かに執行してきましたが、高倉さんの実妹は完全に蚊帳の外に置かれてしまったのです。
実妹が訃報を知って上京しようとした際も、事務所関係者から「東京に出て来て頂くのは困る」と断られるなど、密葬にも参加できず、なきがらにも対面できませんでした。

高倉さんは生前、萬屋錦之介さんの勧めで鎌倉霊園に墓地を購入したが納骨はされていません…
養女と他の親族は疎遠な状態が続き、密葬に立ち会ったとされる関係者も多くを語らないままだったのです。




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