サイトアイコン GOSSIP-HISTORY

森山良子…一人目の夫Aとの馴れ初めから離婚まで




 

1975年3月11日は、森山良子さん(当時27歳)と最初の夫Aさん(当時28歳)が正式に離婚した日でもありました。
森山さんが静岡県浜松市のAさんの実家を飛び出してから4年近くがたっていました。

名前:森山良子(もりやまりょうこ)
生年月日:1948年1月18日(71歳)
職業:歌手、タレント
所属:エンジェルソング
レーベル:ドリーミュージック
出身:東京都
学歴:成城学園高等学校卒業




Sponsored Links
 

2人の出会いは1969年4月…
浜松で開かれていた森山良子ショーで知り合いました。

当時、Aさんは上智大理工学部に在学中…
まもなく恋に落ち、1970年4月婚約したのです。

1971年1月にはハワイで結婚式を挙げるのですが、すぐには入籍しませんでした。
すでに、この時点で2人の間で齟齬(そご)が生まれていたのです。

同年5月20日、やっと婚姻届を提出…
森山さんの懐妊がわかったからでした。

けれども半月後の6月6日、森山さんは身の回りの物だけ持って浜松を出て東京・代々木の両親のもとへ帰ってしまいます。
そして12月5日、森山さんはひとりで女の子を産んだのでした。
この女の子こそ、お笑いコンビ・おぎやはぎの小木博明さんと結婚した元ミュージシャンの森山奈歩さんです。

それにしても、なぜ森山さんは思い切った行動に出たのでしょうか?…
その理由は、いつまでも大人になりきれない夫に、森山さんが愛想を尽かしたからでした。
Aさんはあまりにもワガママで独占欲が強かったのです。

Aさんは、実家が地元・浜松で鉄工所を営む、いわゆる跡取り息子…
社長を務める父親は自らは軽自動車に乗りながら、息子にはスカイライン2000GT、トヨタ2000GT、フェアレディZなどスポーツカーを次々に買い与えていました。
典型的なボンボンだったのです。

離婚を求められてもAさんは頑として応じませんでした…
s
一方、森山さんの意志も固く、「一人娘に会いたい」というAさんの要求を拒み続けたのです。

間に人が立ち、ようやく話し合いの場が持たれたのは1974年7月末…
森山さんは「娘に会いたい」というAさんの要望を聞き入れて8月末、奈歩さんと一緒に浜松を訪れました。

初めて長女を抱き、Aさんのかたくなな気持ちもほぐれ、その後は離婚に向けた話し合いにも応じるようになっていきます。
その後、Aさんが腎臓を患い入院したこともあって、離婚成立は翌年3月まで延びましたが、その間は特にトラブルはなく、淡々と協議が進められていきました。

離婚から半年後の9月に、森山さんは音楽ディレクターのジェームス滝(本名:相良直嗣)さんと再婚します。
ジェームス滝さんと言えば、以前は滝良二の芸名で活動していた歌手で一時期、森山さんのマネジャーを務めていました。

結婚記者会見で森山さんは次のように語っています。

前夫と別居していた4年間、人のことを好きになっちゃいけないと、無意識に自分を規制していた。でも、気持ちを抑えることができず、離婚が決まらないうちに再婚を考えるようになってしまった。離婚が決まった時は本当に感無量でした

と。

再婚した翌年の4月23日、森山さんは男の子を出産しました。
それこそ歌手として活躍する森山直太朗さんだったのです。

会見で「今度こそ死ぬまで一緒に頑張りたい」と語っていた森山さんでしたが、結局、ジェームス滝さんとも離婚…
男運にはあまり恵まれませんでした。




Sponsored Links
 



モバイルバージョンを終了