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鶴田浩二…襲撃事件の背景には何があったのか?!





昭和を代表する映画スターとして数多くの映画やドラマに出演…
一方で歌手としても多くのヒットを出した「鶴田浩二」さん。

そんな鶴田さんが襲撃されるという事件が起きたのは、1953年のことでした。

名前:鶴田浩二(つるたこうじ)
本名:小野榮一(おのえいいち)
生年月日:1924年12月6日~1987年6月16日(享年62歳)
職業:俳優、歌手
出身:静岡県浜松市




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年が明けて間もない1月6日午後8時30分…
大阪府の四天王寺近くにある旅館・備前屋の2階から、若い女性たちがキャーッと悲鳴を上げながら駆け下りてきました。
続いて下りてきた4人の男たちは、入り口に止めてあった高級車に乗り込み姿を消したのです。

2階の部屋には血まみれになって倒れている鶴田浩二さん(当時28歳)の姿がありました。
その前で一緒に食事をしていた水の江滝子さん、高峰三枝子さんらが、呆然と立ち尽くしていたのです。

鶴田さんは救急車で近くの病院に運ばれて、頭と手を11針縫う応急処置が施されました。
全治10日間のケガだったのです。

1時間前ほで鶴田さんは水の江さんや高峰さんと千日前・大劇の正月公演「百万ドルの宝船」に出演していました。
ショーを終えて旅館に戻ると、鶴田さんにサインを求める女性ファンたちが集まっていたのです。

そのうちの10人ほどを部屋に招き入れると、その一群に紛れて男たちも上がってきたのでした。
そのうちの一人が「鶴田さん、おめでとう」と声をかけながら空のウイスキーボトルで殴りかかってきました。
顔をやられたらまずいと、とっさに頭を抱えうずくまった鶴田さんに、別の男がレンガを振り下ろしたのです。

事件後、警察の捜査に鶴田さんは協力的ではありませんでした。
「恨まれる覚えはなく、犯人の見当もつかない」の一点張り…
事件にして欲しくないといった様子が感じられたのです。

そして50日後には、後に山口組幹部となる組員らの逮捕…
さらには自首となって決着がついたのです。

事の発端は前年暮れ、鶴田さんのマネジャーで水の江さんの事実上の夫が田岡一雄氏…
山口組三代目組長を訪ねたところから始まります。

マネジャーが「正月にショーをやるのでよろしく」と、浅草海苔1缶と5万円の入った金包みを渡しました。
しかし、田岡組長はその金な突き返します。
自伝ではその時の心境を「一瞬、金包みにいたく自尊心を傷つけられた。挨拶ならば、海苔だけで十分」と語っています。

一方で、そんな額じゃ、少なすぎるから…
という意見もありました。

しかし、そもそも鶴田さんを襲撃に至った理由は別にありました。

1952年4月、田岡組長は歌手などを集めてプロダクションを立ち上げます。
美空ひばりさんの後ろ盾であった田岡組長は、ひばりさんの芸能界の兄貴的存在であった鶴田さんにも参加を求めましたが、拒否されて怒っていたのです。

だが、そこには伏線がありました。
その前年から鶴田さんは実父から度々、金の無心をされ、トラブルが起こっていたのです。

仲介を田岡組長に頼み、いったんは解決…
組長にすれば、そうした恩がありながら、なぜオレの言うことを聞けないのかという思いだったのです。

しかし、しばらくすると再び実父からの金の無心が始まっていました。
組長の実力とはこんなものなのかと鶴田さんが言っているという話が田岡組長の耳に入り、襲撃につながっていったと言います。

この事件で田岡組長は指名手配され、自首しましたが、結局、不起訴となりました。
襲撃を命じたという明確な証拠が得られなかったのです。

その後、田岡組長は脅しや暴力に屈しない鶴田さんの筋を通す生き方を認め、解双方が和解…
「三代目(田岡組長)の前で堂々としているのは鶴田ぐらいのもの」と周囲が驚くほどであったと言います。

こうして2人は関係を深めていくのですが…
襲撃の直接の原因をつくったマネジャーは2年後に服毒自殺を図って帰らぬ人となっています。




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