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新田恵利…熱海の家は「伊豆山エリア」or「多賀・網代エリア」?!




 

1985年におニャン子クラブの会員番号4番としてデビューした「新田恵利」さん。
そんな新田さんは2017年夏に熱海の一軒家(古民家)を購入しました。

果たして、新田さんが購入した熱海の家は熱海のどこにあるのでしょうか?
今回は新田さんの熱海の家の場所に関するお話です。

名前:新田恵利(にったえり)
生年月日:1968年3月17日(51歳)
職業:歌手、タレント
所属:オフィスウォーカー
出生地:埼玉県上福岡市(現・ふじみ野市)
学歴:埼玉県立福岡高等学校




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2017年夏に新田恵利さんが購入した一軒家(古民家)は、山の上に建っており、熱海駅から車で20分の場所にあると言います。
築年数は48年で、3LDKの平屋を新田さんは土地と建物合わせて約500万円で購入しました。

この物件を購入した理由の一つは温泉で、温泉権利料金150万円と月々の使用量2万円を支払うと、この熱海の家で温泉が堪能できるからです。
ただ、そもそもこの物件を購入した最初のきっかけは、母親のひで子さんの介護にありました。

17歳の時にデビューした新田さんはその年に父親が他界しています。
そこからずっと支えてくれていたのは、母親のひで子さんでした。
そのため新田さんは29歳の頃にフジテレビ社員と結婚した後もひで子さんと夫と二世帯住宅で暮らしていたのです。

しかし、骨粗しょう症だったひで子さんが、2014年に背骨を圧迫骨折し、要介護レベル4になります。
退院後も自分の足でまったく歩けなくなり、ひで子さんは完全に寝たきりの状態になってしまいました。

その後は「おむつフィッター」という資格取得にチャレンジしたり、独身の兄と一緒に介護を始めた新田さん。
そんな新田さんの献身的な介護もあってか骨折から1年後、ひで子さんは要介護4から3に回復し、一緒に外食できるようになったのです。

母親のできることを少しでも増やそうと、キッチンの収納扉を撤去し、車椅子で奥まで行けるようにしました。
また、床を丈夫なフロアカーペットに改修したり、洗面台を車椅子でも利用できるようにシンク下の扉を切り落とすなど、自宅をバリアフリー化をしていったのです。
このような背景もあり、新田さんはこれまでの経験を活かして、熱海の家を自分の手でリフォームしたいと考えるようになりました。

さて、そんな新田さんの熱海の家はどんな場所にあるのでしょうか?
そもそも熱海は徳川将軍家が江戸城まで温泉を運ばせた鍛湯の歴史が残っています。

首都圈から近く、海・山・温泉に恵まれたこの地は、多くの文化人にも愛され、別荘地として発展し続けてきました。
そのため、高級リゾートマンションが立ち並んでいたり、温泉別荘地エリアも多数存在するのです。

そんな中、新田さんの熱海の家はどの辺りかと推察すると、まずは熱海駅から車で20分の場所というのがヒントになります。
車で20分と言えば、車のスピードや道路状況にもよりますが、だいたい駅から10キロ以上は離れた場所になるかと思います。

すると熱海駅の中心地や湾岸線エリアではなく、熱海市の北側に位置する「伊豆山エリア」、もしくは南側で別名・南熱海とも呼ばれる「多賀・網代エリア」が候補に挙がってきます。

伊豆山エリアは熱海市の中で最も自然の多いエリアで、一部の地域では温泉の引湯も可能です。
一方の多賀・網代エリアは熱海のベッドタウンという側面を持っており、海側には漁師町、山側には新興の温泉供給別荘地が並ぶ地域となっています。

さらに、新田さんの熱海の家は山の上に建っているということで、伊豆山エリアもしくは多賀・網代エリアの山側にあるのではないでしょうか。
この辺りであれば駅からの距離や山の上に建っているという条件も満たし、また温泉も堪能できるでしょう。

さて、リフォームに関しては他界した父親が大工だったことから、そのDNAがあったのかなとも語る新田さん。
熱海の家は5年~10年かけてリフォームを行い、終の住み家としていくそうです。
どんな家になるのか、完成した時の様子を見て見たいものです。




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