サイトアイコン GOSSIP-HISTORY

人見きよし…家族に看取られて心不全でこの世から去る

1961年放送の「スチャラカ社員」では、「ほんと、ちい~とも知らなかったわァ」が流行語にもなった喜劇役者「人見きよし」さん。
そんな人見さんが亡くなったのは、1985年5月22日のことでした。

死因は心不全…
果たして人見さんの最期はどのようなものだったのでしょうか。

名前:人見きよし(ひとみきよし)
本名:五十嵐孝治
生年月日:1930年8月1日~1985年5月22日(享年54歳)
職業:喜劇役者、俳優
出身:秋田県平鹿郡増田町




Sponsored Links
 

人見きよしさんが亡くなったのは1985年5月22日。
心不全のため、人見さんはあの世へ旅立っていきました。

流行語にもなった「ほんと、ちい~とも知らなかったわァ」をこの世に遺して。

人見さんは秋田県出身。
森川信一座の座員として、主に関西で活躍していました。

そして、1961年にスタートした「スチャラカ社員」、「てなもんや三度笠」で一躍お茶の間の人気者になったのです。
けれども、人見さんの家庭での素顔はほとんどと言っていいほど知られていませんでした。

当時、人見さんの家は埼玉県越谷駅からタクシーで10分ほどの静かな住宅街の中にありました。
娘・五十嵐美紀さん(当時18歳)は当時、亡くなった父・人見さんについてこのようにコメントしています。

20日の朝6時にトイレで吐血しました。痙攣を起こしていたので、母と弟があわてて救急車を呼んだそうです。私は住み込みで近所の美容室に行っていますので、その時のことはよく…午後5時頃、仕事を終えて病院に駆けつけると、父は苦しみの絶頂でした。暴れるので両手をベッドに縛りつけられて。で、「暑い」「水をくれ」って、着ている物や酸素マスクをとっちゃうんです。肝臓も内蔵も全部ダメだったんです。酒が全てで、お水みたいに飲むんです。それでよく喧嘩して。本人は「酒で死ねたら本望だ」なんて言って…でも、優しい子煩悩な父でした。以前、病院に見舞いに行くと「学校休んじゃえ、病院で二人でいようよ」っていうような…最後の言葉は「ああ、美紀か」でした。こんな早く死ぬんだったら、もっとそばにいてやればよかった、優しくしてあげればよかった…

もっと父と話したかったと語った美紀さん…
人一倍寂しがリやだったという人見さんの最期でした。




Sponsored Links
 



モバイルバージョンを終了