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ビートたけし…事故の会見でも語らなかった真相とは?!




 

日本のお笑いBIG3の一角。
お笑いタレントとして、また映画監督としても活躍する「ビートたけし」さん。

そんなたけしさんが、バイク事故を起こしたのは1994年8月2日、午前1時過ぎのことでした。
ここでは事故の会見でも語らなかった真相についてお話したいと思います。

名前:ビートたけし
本名:北野武(きたのたけし)
生年月日:1947年1月18日(72歳)
職業:お笑いタレント、俳優、映画監督
所属:T.Nゴン
出身:東京都足立区島根
学歴:明治大学工学部(現理工学部)機械工学科(除籍、のちに特別卒業認定)



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事故の前夜、ビートたけしさんは南青山の日本料理店や西麻布の焼き鳥屋で日本酒4合相当のアルコールを飲んでいました。
その後、いったんは別宅として使っていた乃木坂の事務所に戻っているのですが、シャワーを浴びると再び原付バイクで外出したのです。
そうして新宿区の路上でガードレールに激突してしまいました。

すぐに東京医科大学病院に緊急搬送され一命は取り留めましたが、頭蓋骨陥没骨折など重傷を負いました。
後にたけしさん自身が明かしているように「普通なら即死、よくて植物状態」という深刻な状態だったのです。

翌朝から病院前にはマスコミが大挙して押しかけ、連日、病状を伝え続けました。
一部の関係者以外は面会謝絶で、復帰も危ぶまれましたが、それでも1カ月もたたないうちに記者会見を開いたのです。

その姿は事故の後遺症で顔面をいびつに歪ませながらも、「(死について考えることができたのは)いい勉強になった」、「(事故は)軍団がブレーキに仕掛けしたんじゃねえかと思ってるんだ」と、いつもと変わらぬ毒舌とジョークを連発し、健在をアピールして見せていました。

ただし、事故に関しては「その部分だけはほとんど記憶がない。事故は自分の不注意だった」と多くを語っていないのです。
現場の状況から飲酒に加えて、夜にもかかわらずサングラスのような濃いゴーグルをかけていたことも判明しています。

それでも、実際の事故現場は見通しの良い緩やかなカーブでブレーキ痕すら残っていませんでした。
いかに酔っていたとはいえ、そんな場所で事故を起こすことは考えにくい…
さらに言えば、「なぜ、そんな時間に一人でバイクを運転していたのか?」、「一体、どこに行こうとしていたのか?」という点も不明のままでした。

注目を集めたのは事故の1週間前。
たけしさんとの“不倫密会現場”を写真誌に撮られた細川ふみえさんの存在です。

細川さんは「たけしさんは私のマンションに一度も来たこともないし、場所さえ知らないんです」と無関係を強調しましたが、事故当夜は翌日のテレビ出演のため、赤坂にあるホテルに泊まっており、たけしさんが向かっていた方向とも一致していました。

とは言え、当事者が口をつぐんでしまった以上、真相はやぶの中…
ただし、バイク事故の一報を聞いた多くの関係者は直感的に、「あっ、自殺だ!」と感じたと言います。

当時のたけしさんは1986年の「フライデー襲撃事件」や、その引き金となった愛人の存在など、実質的な家庭内別居といった問題を抱えていました。
前年には私生活でも親しかった逸見政孝さんが癌(がん)で壮絶な死を遂げてショックを受けていたこと、さらに不倫発覚などなど…

果たして単なる事故だったのか、それとも、発作的な自殺だったのか?
答えはたけしさん自身にもわからないのかもしれません。






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