ザ・ドリフターズのメンバーとして、また歌手や俳優としても活躍する「加藤茶」さん。
1964年の中頃から、持ちギャグの「加トちゃんぺ」が大流行し、一躍人気者になりました。
さて、そんな加藤茶さんですが、実は過去に自動車事故や暴走運転を起こして有罪判決を受けているのです。
特に今回は1986年に起こした暴走運転に関してのお話です。
名前:加藤茶(かとうちゃ)
本名:加藤英文(かとうひでゆき)
生年月日:1943年3月1日(76歳)
職業:コメディアン、歌手、俳優
所属:イザワオフィス
出身:東京都世田谷区
学歴:松韻学園福島高等学校
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加藤茶さんが自動速度取締機(ネズミ取り)に引っかかり、スピード違反を犯したのは、1985年9月8日の朝のことです。
この日、テレビ局やスポンサ一関係者と千葉のゴルフ場でコンペをやる約束があり、加藤茶さんは愛車のベンツで東京・中野の自宅を出ました。
ところが、当時は「つくば万博」が開催されていた時期(1985年3月17日~9月16日)でもあり、道路は渋滞していたのです。
焦った加藤茶さんは、東京都江東区亀戸の首都高速7号線で制限速度(60キロ)を83キロもオーバーする143キロの猛スビードを出し、たちまち御用となったのです。
しかも、加藤茶さんの道路交通法違反は初めてではなく、これが2度目でした。
16年前の1970年にも、湘南遊歩道路でわき見運転による正面衝突事故を起こし、鼻を骨折するなど3カ月の重傷を負っていたのです。
また、その時に助手席に乗っていたモデルの女の子と、対向車の運転手も重傷を負いました。
この時の事故はその後、示談で済ませたのですが、このスピード違反に関しては、1986年2月19日に東京地裁の初公判で懲役3ヶ月(求刑4ヶ月)、執行猶予2年が即日判決で言い渡されました。
法廷で加藤茶さんは「ゴルフ場に頼み込んで無理に取ってもらったので、ついスピードを出し過ぎた」と弁明しましたが、控訴はせず、判決が確定したのです。
後日、この事件が明るみに出たのことで、加藤茶さんは「加トちゃんケンちゃん・ごきげんテレビ」(TBS系)の本読みで、午後1時からTBSのリハーサル室にいましたが、報道陣の取材を完全にシャットアウト。
8時半過ぎには姿を消してしまったと言います。
この番組の高橋利明プロデューサーは、「執行猶予でもあり、役者をまっとうしながら、更生に務めることがスジ。仕事をしながら、社会復帰して欲しい。子どもたちへの影響もあるので、番組の冒頭でお詫びする」と本人に代わって説明しました。
結局、この日の放送の冒頭で約20秒間、加藤茶さんは神妙に頭を下げ、「このたびは新聞などでご存じのように、お騒がせしました。今後このようなことがありませんよう、十分注意致します。どうもすみませんでした」とお詫びしたのです。
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