1980年代

全員集合…最終回でドリフのメンバーは何を語ったのか?




 

1969年10月4日から放送されていたTBS製作のお笑い番組「8時だョ!全員集合」。
この番組が終わったのは、1985年9月28日のことでした。

さて、16年続いた「8時だョ!全員集合」が終了した時、ザ・ドリフターズのメンバーはどのようなコメント残していたのでしょうか。

番組名:8時だョ!全員集合
出演者:ザ・ドリフターズ(いかりや長介、高木ブー、仲本工事、加藤茶、志村けん、荒井注)他
ジャンル:お笑い番組
放送期間:1969年10月4日~1985年9月28日
制作:TBS




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1969年10月4日スタート以来、平均視聴率27.3%(最高視聴率は50.5%)の金字塔を打ち立てた長寿番組の「8時だョ!全員集合」。
けれども、

ギャグも一応出尽くして、娯楽番組の使命は十分果たした。マンネリはドリフに相応しくない。

と、当時のTBS制作局長だった居作昌果(いづくりよしみ)が番組終了を決定したのです。

また、番組終了を受け、ザ・ドリフターズのメンバーはそれぞれ心境を語りました。

チームワークを大切にしながらナンセンスギャグに徹してきた。長い間拘束したメンバーが、この番組を離れてそれぞれの可能性をのばしてくれれば嬉しい。個性豊かな連中だから、みんなの期待にこたえてくれるでしょう。

と、リーダーのいかりや長介さん。

加藤茶さんは、

「全員集合」は僕の青春だった。ちょっぴりさびしさもあるけど、今後は自分のキャラクターを活かした役者として頑張りますよ。昔は大道具のてっぺんでコントをやっても平気だったが、今は足がすくんじゃうもんね。

また、加藤さんに記者から「番組が終わったら一気に結婚とか?」の質問が出ると、

そんなの、自分の人生じゃないみたい。16年間、ずいぶんキツイ仕事をやったから、少しはハネをのばして遊ばなきゃ。

とコメントしました。

荒井注さんと交代してからの10年間、ドリフで活動していた志村けんさんは、

「全員集合」は終わっても、僕らが死んじゃうわけじゃない。ファンのみなさん、これからも応援してね。

と答えたのです。

仲本工事さんも、

やるだけやって悔いはありません。

と納得していましたが、一番めげたていたのが高木ブーさんで、

僕はドリフのお荷物だったけど、若さを何とか保てたのは過激な運動をやらされたおかげ。もっと続けたかった…

とぼやいていたのです。

「いい湯だな」や「ミヨちゃん」の大ヒットが1969年。
加藤さんの「やったぜ、カトちゃん」などが流行語になったのは1971年で、翌年から少年少女合唱隊が始まり、1973年には加藤さんが「タブー」のメロディーに乗って、「ちょっとだけョ、アンタも好きねェ」というネタが大ウケしました。

その後も、加藤さんと志村さんのヒゲダンス。
さらには、子供達の間で大流行した童謡の替え唄「カラスの勝手でしょう」などでは物議をかもしたこともありました。

1984年は志村さんのエリマキトカゲ(三菱自動車のミラージュCMアニマル)が大ウケし、金ダライが定番の小道具として定着したり、「志村!後ろ!」、「だめだこりゃ」、「次いってみよう」、「加トちゃんペッ!」などなど、誰もが知るギャグも全員集合で生まれました。

ドリフメンバーのスケジュールは木曜日から土曜日までの3日間を必ず押さえられ、木曜日に次週分のネタ作り、金曜日に翌日分の立ち稽古、土曜日がリハーサルと本番という流れを続けていました。

このような多大な労力と出演者のギャラ・保険金の高騰などによる費用面の問題、安全基準や表現規制、PTAからワースト番組に指定されるなどなどから考えも、現在ではこの様な規模の公開生放送番組を毎週1回のペースで作ることは極めて困難だと言われています。

16年もの間、公開生放送でギャグを連発してお茶の間をわかせた「8時だョ!全員集合」。
1985年9月28日の放送で803回を数え、こうして幕を閉じたのです。






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