1980年代

久米宏 …愛人が自殺未遂をして謹慎処分になったことがある?!

ニュースキャスターでタレント、司会者やラジオパーソナリティとしても活躍していたアナウンサーの「久米宏」さん。
大学卒業後にアナウンサーとしてTBSに勤め、1980年代からはフリーになりました。

その後も様々な番組の司会やラジオパーソナリティとして活躍していましたが、1981年8月16日に当時29歳の愛人女性(清水州子さん)が、睡眠薬を飲んで手首を切るという事件を起こします。
この事件の影響で、久米さんは非難の矢面に立たされ、3週間にわたり番組出演を謹慎するということがありました。

果たして、この事件の真相はどのようなものだったのでしょうか。

名前:久米宏(くめひろし)
生年月日:1944年7月14日(75歳)
職業:フリーアナウンサー、タレント、司会者、ラジオパーソナリティ、ニュースキャスター
所属:オフィス・トゥー・ワン
出身:埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)
学歴:早稲田大学政治経済学部




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久米宏さんの離婚問題は事件の2年前、1979年からくすぶり続けていました。
久米さんが1969年に結婚した麗子夫人の住む川崎市中原区の自宅に、ほとんど帰っていないという事実に基づいての噂が出ていたからです。

久米さん自身もは1981年1月に、親しい人にこう漏らしていました。

今年の半ばまでにはハッキリさせたい…

ところが、事態は一向に進展していませんでした。
そして事件は1981年8月16日に起こってしまうのです。

午前2時4分、久米さんのプライベートオフィス「Kパック」(赤坂コーポ)から、赤坂消防署に119番が入りました。
電話の主は久米さんです。

その電話を受け、睡眠薬を飲み両手首をカッターナイフで切って自殺をはかった清水州子(くにこ)さん(当時29歳)が、六本木外科胃腸科病院に運ばれました。

州子さんはTBSのキャスタードライバーで、事件の6年前(1976年)から久米さんの同僚として仲の良かった女性です。
その州子さんが久米さんの目の前で自殺未遂を図ったのでした。

久米さんを事情聴取した赤坂署の担当官は「2人の間には、前から三角関係のもつれで、別れ話がもたれていたようですね」と語っています。

この事件をきっかけに、久米さんと州子さんの関係が公になりました。
そして、麗子夫人との離婚問題に州子さんの存在が影を落としていたことも明らかになったのです。

渦中の久米さんは、

全ては私が悪いのです。私の至らなさからきているので、何も話さないのがいいと決めています。私が全て責任をかぶれば済むことです。

とコメント。

また、久米さんは麗子夫人との離婚に対して1981年8月21日には、

今の僕には、その気持ちはありません。

とハッキリ語りました。

また、この事件が表面化したことで、久米さんの仕事に対する責任問題も問われます。
久米さんが当時、レギュラーとして抱えていたのは、TBSの「ザ・ベストテン」、「ぴったしカンカン」、ラジオの「土曜ワイド」、他にも日本テレビの「おしゃれ」などでした。

この問題について、TBSでは8月24日に記者会見が開かれます。

TBSに出ておりますタレント、久米宏の対応につきましてご説明いたします。

と、冒頭でまず明確にされたのは、久米さんが外部のタレントであるということでした。

続いて中村制作局長(当時)は、

彼の所属する事務所から21日の夜、「ご迷惑をおかけして申し訳ない。しばらく休養したい」と申し出がありました。プライベートな問題であり、こちらも意とするところを了承して、全ての番組をしばらく休んでもらうことにしました。

と、TBS側の基本的な態度を語ったのです。

外部タレントとは言え、久米さんは1979年の6月までは、TBSの社員アナウンサー。
局側の微妙に苦しい胸の内が伝わってくるような会見でした。

中村局長は続けて、

番組を降ろすといった道義的なものとは思っていません。犯罪なら別だが、男と女の問題ですし…いずれは復帰させます。年内?それほど、長くならないんじゃないですか。1カ月?うーん、それは彼と会って話し合わないと…

とも語っていました。

久米さんが気持ちの整理やプライバシーの処置を済ませれば、その時点でブラウン管に復帰できるというニュアンスを含んでいたのです。
そして、久米さんのピンチヒッターとして「ぴったしカンカン」は萩本欽一さんの起用、その他の番組についてもつなぎの人選が急ピッチで進められました。

こうした姿勢は日本テレビも同様。

本人の申し入れにより、しばらく休ませる。

としながら、緑画済みの放送分については、

彼が事件を起こしたわけではないので、特に断わりのテロップは流さない。

とコメントしていたのです。

一方の久米さんの自宅は、雨戸を閉めきったままヒッソリ。
麗子夫人の世田谷区の実家で暮らす姉からは、

7月末に宏さんが釣りの帰りに寄って、魚を置いていってくれたんです。今回の件については聞いていますが、私たちには何もわかりません。離婚ということも聞いていませんし…

という話も出ました。

TBSとは目と鼻の先で金物店を営んでいた州子さんの実家もシャッターを降ろし、州子さんの父親からは、

せっかくですが、何も申し上げることがありません。しばらくそっとしておいてやってくれませんか。

とコメント。
州子さん自身は、知人の家で静かに傷を癒やしていたのです。

その後、久米さんは3週間にわたり番組出演を謹慎。
1982年からは「久米宏のTVスクランブル」の司会やニュースキャスターを務めるなど、本格的に活動を再開したのでした。




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