1980年代

牛島和彦…妻の光江との馴れ初めから結婚まで





元プロ野球選手(投手)で、2005年から2006年まで横浜ベイスターズで監督を務めていた「牛島和彦」さん。
ドカベンこと捕手の香川伸行さんとバッテリーを組んでいたことでも知られています。

今回はそんな牛島さんと妻である光江さんとの馴れ初めから結婚までのお話です。

名前:牛島和彦(うしじまかずひこ)
生年月日:1961年4月13日(59歳)
職業:元プロ野球選手(投手)、監督、野球解説者
所属:株式会社プラミン
出身:大阪府大東市
学歴:浪商高等学校




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牛島和彦さん(当時23歳)と妻となる中田光江さん(当時24歳)の熱愛が発覚したのは1984年のこと。
2人のことが明らかになったのは、牛島さんの父親・牛島千敏(ちあき)さん(当時46歳)のコメントがきっかけでもありました。

牛島さんの父親・千敏さんは当時、生駒山の麓(ふもと)、大東市中垣内の阪奈国道に面した「喫茶軽食17」というお店を出していたのです。

お店は鮮やかな赤や青、白に彩られた店の看板が、遠くからでも一目でわかる80坪の土地に建てられた鉄筋コンクリート2階建。
その1階がお店で、2階が牛島家の住まいになっていました。

店は1983年の4月5日にオープン。
父親の千敏さんは、そこで2人のことを赤裸々に語りました。

息子が彼女を初めて連れて来て友達だと紹介したのは去年(1983年)の暮れでした。初めて会った時からもう、昔から知ってたような自然な感じがあって一度で好きになりました。今、店を手伝ってもらっているけれども、家内が忙しい時など、雨が降りそうになったら2階の洗濯物を取り込んでくれたり、「おっちゃん、たまにはウチが作ってあげるわ」言うて、私や娘の弁当まで作ってくれることがあるんです。
そこにタバコの自動販売機がありますやろ?それでもお客さんは自分で行かずに「マイルドセブンを一つ」なんて言わはる人がよくあるんです。そんな時ミッちゃんは、嫌な顔をせず、自動販売機に向かって「マイルドセブンを一つ下さい!」なんて言うて、タバコが出て来ると「ありがとうございました」って、機械に向かって深々と頭を下げたりね。それでお客さんがゲラゲラ笑いだ
し、店内がいっぺんに明るくなる。そんな明るくユーモアのある娘です。

ミッちゃんこと中田光江さんはこの年(1984年)から、牛島さんの勧めで2月1日からお店の手伝いに来ていたのです。
光江さんの勤務ぶりにも、人柄にも、干敏さんはすっかり惚れ込んでいました。

干敏さんと言えば、息子の牛島さんを優れた投手に育てるために「巨人の星」の星一徹のような生き方をしてきた人として知られていました。
この英才教育が実を結び1979年の夏、牛島さんはドカベンこと香川伸行さん(当時は南海ホークス)とバッテリーを組んで甲子園でベスト4進出の立役者となったのです。

翌年の1980年に、牛島さんはドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。
以来4年間、中日のリリーフ・エースとして輝かしい実績を挙げ、将来の大投手として期待を集めていたのです。

この間、父親の千敏さんは土建業を営んできましたが、1983年に店をオープン。
店のオープンに必要だった資金5000万円は、牛島さんが銀行から7年返済で借り入れ、両親にプレゼントしたとも言われています。

そんな、父親・千敏さんはかつてこのようにも言っていました。

野球するのに女はいらんと、ガールフレンドはいっさい許さなかった。野球のためには和彦の全てを束縛してきました。

と。

しかし当時は、

和彦が自分の意思で好きな女性を連れて来たら、私はそれが例えどんな境遇の娘でも絶対に反対すまいと自分に言い聞かせているんですよ。ミッちゃんは4人兄弟姉妹の末っ子で、生まれてすぐ母親を亡くしているんです。家内も4歳の時に母観と死別している。お互い同じ苦労をしていることもあって、家内とも気が合うみたいです。和彦の妹もミッちゃんをお姉さんのように慕っていますしね。家内や妹を大事にしてくれる女性でないとねえ、和彦も野球に打ち込めませんよ。もう牛島家にとって、これほどいい娘さんはいません。私は無条件に惚れ込んでますねん。

とも語り、父親の千敏さんだけではなく、牛島さんの母親・冨美代さんも妹の代子(よりこ)さん(当時中学2年生)もそれは同様だったのです。

では、肝心の中田光江さんとはどのような人物だったのか。
光江さんは、東大阪市で歯ブラシの植毛機械の製造業を営んでいる中田豊さん(当時63歳)の娘で、4人兄弟姉妹の末っ子。

大阪芸術大学舞台芸術科を卒業しましたが、学生時代に学園際でミス・キャンパスに選ばれた美人。
その後、美津濃スポーツが主催する“82’スパーキングギャル”に選ばれ、1982年3月にはフランスのスキー場シャモニまでキャンペーンの仕事で派遣されていました。

帰国後は1年半ほどは「それいけ!タイガース」(朝日放送)、「おもしろサンデー」(よみうりテレビ)でテレビレポーターと
して活躍。
心臓を患っている父・豊さんと2人暮らしをしていました。

2人の出会いに関して光江さん自身がこのように語っています。

一昨年(1982年)の初夏、友達とグループでお酒を飲みに行った時、初めて牛島さんにお会いしたんです。若いに似ず自分をきちんと持っていて、ご両親の老後のことまで気を配っている堅実さに感動しました。初対面で自分を隠さずにウチに見せてくれて、そやからウチもストレートに話ができた。男らしく飾りげのないのが印象的でした。意識するようになったのは去年(1983年)の夏頃からです。

このような馴れ初めがあり、2人は結婚することになりました。

ちなみに、牛島さんは大の飛行機嫌いとしても有名で、北海道遠征でも寝台列車で移動。
妻の光江さんと九州や沖縄に新婚旅行に行った時も、飛行機を使わずに船を使っていたと言います。




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