1980年代

松田聖子…デビュー5年目でも収入はとんでもなかった?!

1980年にデビューをしてから今日まで、第一線で活躍し続けている「松田聖子」さん。
歌手やシンガーソングライター、女優やアイドルなど様々な顔を持っています。

そんな聖子さんですが、実は1985年12月の紅白出演を最後に、出産準備のために約1年間の芸能活動を休止していました。
デビューから丸5年、スーパーアイドルとして突っ走って来た聖子さん。

果たして、当時はどれくらいの収入があったのでしょうか。
今回はそんな聖子さんのデビュー5年目までの収入に関するお話です。

名前:松田聖子(まつだせいこ)
生年月日:1962年3月10日(58歳)
職業:歌手、シンガーソングライター、女優
所属:felicia club(フェリシアクラブ)
レーベル:EMI RECORDS
出身:福岡県久留米市荒木町
学歴:堀越高等学校




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1986年、芸能活動を休止していた松田聖子さんのニュースが飛び込んで来ました。
そのニュースとは、20代前半の聖子さんが驚くような豪邸を購入したというもの。

場所は東京・世田谷区砧(きぬた)8丁目。
小田急線・成城学園前駅から歩いて数分の場所でした。

砧(きぬた)と言えば、都内でも有数の閑静な環境を誇る高級住宅地。
当時、石原裕次郎さんを始めとした各界の著名人たちが数多く住む成城のすぐ隣でした。

敷地面積は171.64平方メートル。
建物は総白タイル張りで鉄筋地上2階・地下1階建ての6LDK。

半地下となっている地階には、大型車2台が楽々と入れられる駐車場があり、他には12畳のプレイルームやサウナ付きの浴室がありました。

部屋は1階に27畳のLDKと14畳の主寝室。
2階は12畳の洋間、8畳の和室、10畳、7.5畳の洋間。
お値段はなんと当時の金額で2億7800万円だったのです。

何より驚かされたのが、この豪邸が聖子さんと神田正輝さん夫妻(当時)が住むために購入されたわけではないということ。
実は聖子さんが、両親の蒲池孜さん(当時58歳)と一子さん(当時52歳)にプレゼントした家だったのです。

家は名義こそ聖子さんの個人事務所「カマチ企画」になっていたものの、実質的には聖子さんの財産でした。

そもそもデビュー3年目の1983年、聖子さんは東京・目黒に1億3000万円で4LDKの豪邸を買い、一家で住んでいました。
それからわずか3年足らずで2倍以上の価格の物件を購入したのです。

また、噂では横浜にある兄夫婦の家も聖子さんが買ったものと言われていました。
さらに当の神田さん・聖子さん夫妻は世田谷区等々力の高級賃貨マンションに住んでいましたが、ここの家賃も数十万円と言われていたのです。

たとえ口ーンを組んでいたとしても、デビュー5年目のアイドルとしてはもの凄い財力。
もちろん、当時は他のアイドルの中にも河合奈保子さんや柏原芳恵さんのように豪邸を建てるアイドルはいました。

しかし環境や価格、内容や豪華さなどを総合すると、聖子さんの右に出る物件を持っているアイドルは一人としておらず…
聖子さんが単なるアイドルではなく、スーパーアイドルだと言われた理由がこういった所にも出ていたのです。

果たして当時の聖子さんの収入はどれほどだったのでしょうか?
デビュー以来、休業までほぼ丸5年間働いていた聖子さん。

普通、新人タレントのデビューの月給は当時で7~8万円ほど。
けれども聖子さんの場合は、デビュー1年目から大ヒットを飛ばしてスターダムにのしあがるという異例のスピード出世をしていました。

2年目以降は倍増どころではなかったはず…
それが証拠に、休業状態にあった時でも所属のサンミュージックプロダクション(当時)から、月々約400万円もの給料がカマチ企画に振り込まれていたと言います。

母・一子さんが社長を務めるカマチ企画は、言うなれば節税のための会社。
月400万円は年間収入にで4800万円。

そこにレコードの印税。
1曲当たり平均5円と言われていたEPのシングル盤1枚で10円。

LPの場合だと、両面で10曲入っていたとして1枚50円。
ミュージックカセットもLPと同じ。

レコードの印税はデビュー以来発売されている全作品の一定期間ごとの売り上げ牧数に応じて定期的に振り込まれる仕組みになっていました。

デビュー後5年間に聖子さんが売り上げたレコード枚数は、EPが1500万枚、LPが950万枚。
売り上げはそれぞれ106億円、257億円。

上述の割合で単純計算すると、EPで1億5000万円、LPで4億7500万円という印税額になります。
これにカセットテープの印税なども加わってくるのです。

さらに、コンサートでの興行収入。
聖子さんの休業前のラストコンサートの例で言うと、1ステージ推定350万円。

聖子さんのコンサート収入は一種の歩合制と言われていました。
これは興行を打つ本数分に応じてギャラが支払われるというもの。

もちろん照明費やPA(音響機器)代などの費用がこの金額には含まれているため、それらを差し引くと最低でも手取り額は200万円程度になるかと思われます。

加えて、コマーシャル出演料。
当時の聖子さんは、テレビCM1本で3000万円と言われていました。
全額が聖子さんに入るわけではありませんが、相当の取入源です。

さらにさらに、1985年の12月に出版した自著「聖子」(小学館刊)などの出版物。
980円に対する10~15パーセント程度として1冊当たり98~147円。
当時は発売以来、すでに「聖子」は40万部を突破しており、この1冊だけでも約4000万~6000万円の印税収入になります。

以上のこと考慮すると、聖子さんが20代前半にして豪邸が購入できたことも十分に頷けます。
むしろ現金一括で支払えたのかもしれませんね。
スーパーアイドル松田聖子さんのデビュー5年目の収入に関するお話でした。




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