2000年代

さいたまんぞう…現在やっている野球審判のギャラっていくらなの?!

目次




 

1980年代に「なぜか埼玉」や「埼玉オリンピック音頭」など、 特に埼玉県をモチーブにたコミックソングでその名が知られるようになった「さいたまんぞう」さん。
現在はタレントとして活動する一方で、野球審判をしていると言います。

果たしてさいたさんは、なぜ野球審判を志すようになったのか?
また、野球審判のギャラはどれくらいなのか?
今回はさいたさんと野球審判に関するお話です。

名前:さいたまんぞう
本名:牛房公夫(ごぼうきみお)
生年月日:1948年12月9日(70歳)
職業:歌手・タレント・野球審判
所属:ボーイズバラエティ協会
出身:岡山県久米郡柵原町(現美咲町)
学歴:津山基督教図書館高等学校




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さいたまんぞうと野球

1948年12月9日に、6人兄妹の末っ子として生まれたさいたまんぞうさん。
10歳の時に父親が他界し、21歳年上の長男が親代わりに育ててくれました。

小学生の頃から野球が好きで、夕食後はいつもラジオで野球中継を聞いていたというさいたさん。
本格的に野球に関わったのは中学生の頃で野球部に所属していました。

中学時代は野球ばかりで、ほとんど勉強していなかった言うさいたさんでしたが、高校は地元・岡山市の名門高校・関西高等学校野球部のセレクションを受けました。

このセレクションにて、フリーバッティングでヒットを連発したさいたさんは見事に150人の中から最後の10人に選ばれます。
こうして夢にまで見た甲子園を目指せる高校に入学できることになったのです。

ただ、関西高等学校は自宅から岡山市まで電車で通える距離ではなく、下宿が嫌だったさいたさんは、岡山市内の親戚の家に下宿をお願いします。
しかし、ここで長男や親戚から「野球では飯は食えん」と説得されて、関西高等学校の入学を諦めることになったのです。
その晩は布団に包(くる)まって声を上げて泣き明かしました。

こうして野球部のない津山基督教図書館高等学校に進学したさいたさん。
高校3年間はアルバイトに明け暮れる日々を送っていたのです。

そんなある日、ラジオから流れて来たのが、デビューしたばかりの西郷輝彦さんが歌う「君だけを」(1964年)でした。
西郷さんが鹿児島から飛び出して大阪のバンドボーイになり、その後スターになったというサクセスストリーに刺激を受けます。

そうして、さいたさんも同じく高校を卒業した1967年4月にバンドボーイを目指して上京したのでした。
野球とは別で自分が心からやりたいと感じる道を見つけた瞬間だったのです。




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さいたまんぞうと野球審判

その後、バンドボーイとして活動していたさいたまんぞうさん。
ある日、先輩ドラマーから打診を受け、30歳を過ぎていた1980年末にコミックソング「なぜか埼玉」を発表することになります。
この曲でさいたさんは名前は世間に知られるところとなりました。

一方、日本では1979年頃から草野球ブームが起きていました。
そこで昔取った杵柄ということで、さいたさんはこの年に審判のグループに入会し、野球の審判を務めるようになるのです。
こうして現在でも草野球の審判を引き受けるなど活動を続けてきました。

小学生の頃から野球が好きで、高校も甲子園を目指せる学校に入学したかったさいたさん。
その頃の情熱が戻って来たのでしょう。
さいたさんはブログなどで野球に関して、たくさんのコメントを出しているのです。

さて、ここで気になるのがこの野球の審判という仕事についてです。
プロ野球などで審判(アンパイア)がどのような役目を担っているかは何となくわかりますが、ギャラなどは決まっているのでしょうか。

そこでインターネットで検索してみると、いくつかの組織体が審判を派遣していることがわかりました。
例えばスポーツ協会が行う審判員派遣事業によると、野球審判の基本料金は

硬式・軟式問わず 1試合 8,000円(遠方地の場合別途ご相談)
女子野球(軟式・硬式)1試合6,000円(遠方地の場合別途ご相談)
障がい者野球・少年野球 1試合 5,000円(遠方地の場合別途ご相談)

また、東京軟式野球審判協会では、

基本料金: 7,000円/審判1名・2時間7回戦
* なお9回戦は3時間までとし9,000円申し受けます
* 移動がなく連続する2試合以上の場合は1試合当たり6,000円となります
* 二人制審判は12,000円/1試合となります

とありました。

大本の組織体がどれだけ取るのかはわかりませんが…
審判は、1試合で4000~5000円というところではないでしょうか。
そのため、さいたさんも野球審判としては、1試合でこのくらいのギャラが発生しているものと推測されます。

審判の仕事を、

「上手くいって当たり前。ひとつのミスで下手の烙印」。本当にミスなら甘んじて批判も受けるが、ただ単に気に入らない判定だっただけで「今日は審判で負けた」などと敗因を審判のせいにする。よくあるケースだが、確かに1球で流れが変わることも、試合が決まることもある事はある。特にプロ野球の場合はその1球に生活がかかっていると思うと、後ろばかり振り返る私のような性格ではとても務まらない仕事だ。

と語るさいたさん。
野球熱はまだまだ冷めないようです。




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