同期はダウンタウンやハイヒール…
それこそ、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント「野沢直子」さんです。
1983年に芸能界デビューを果たし、「笑っていいとも!」(フジテレビ系)で人気爆発しましたが、1991年3月に芸能活動を休止。
それまで出演していた全てのレギュラー番組を降板しています。
果たして、野沢さんが芸能活動を休止した理由はなんだったのでしょうか。
名前:野沢直子(のざわなおこ)
本名:Naoko Auclair(ナオコ・オークレアー)
生年月日:1963年3月29日
職業:お笑いタレント
所属:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
出身:東京都
学歴:東京農業大学第一高等
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野沢直子さん(当時28歳)の最後の番組は関西ローカルのラジオ番組「MBSヤングタウン」(大阪・毎日放送)でした。
1991年4月1日、夜10時からの放送ではいつもと変わらない野沢さんのトークから始まったのです。
4年4ヶ月、ヤンタン(MBSヤングタウンの略)やってましたが、明日から月15万円(給料)で休みます。これからは山口百恵さんみたいなもんですからね。とりあえず、明日(4月2日)、東京へ帰って自宅でブラブラして、インドとロンドンへ旅行に行こうと誘われてるんですよ。企画?そんなん何もない。来年になったらわからないけど、とりあえずはないですよー
このように大阪市北区の毎日放送スタジオで明るくファンに語りかけました。
時折り、詰めかけていた取材陣に向かって、「鼻クソ、ホジホジ」とギャグを飛ばしていたのです。
最後の仕事ということで局側が設定した記者会見を野沢さんはキャンセル。
所属する吉本興業(現:よしもとクリエイティブ・エージェンシー)の担当者の説明によると、
直子は最後の番組なのでナーバスになってて、話をしたくないそうです。番組の後は興奮してると思うので会見は勘弁してください。
とのことでした。
「元気な姿だけ見せて終わらせたい」という周囲の思いやりもあり、番組前後での会見は中止となったのです。
これまでの野沢さんでは考えられない神経質な対応に、取材陣はかつての恋人で「ザ・ブルーハーツ」(当時)のボーカル・甲本ヒロトさんの本命恋人報道が影を落としているのではないかと考えました。
実は当時、甲本さんは写真週刊誌に、「10年来の恋人」と言われるY子さんとの2ショットが掲載されていたのです。
関係者からも、「甲本さんとY子さんが入籍している」や「野沢さんとは単なる友だち同士だった」という声もありました。
野沢さんはこの1年半ほど前に、ディズニーランドで甲本さんとのデートをキャッチされ、それ以来二人の関係が続いているものと思われていたのです。
しかし、1991年2月27日の休業会見では、
今はお互いに意識しちゃって連絡もとっていない。もう、友達以下の関係ですね。
と告白していました。
このことからも、甲本さんとの破局が原因で、突然の休業宣言につながったという見方が出ていたのです。
この日の「MBSヤングタウン」では、笑福亭笑瓶さんが「カメラがあるので正直になれなかったですね」と言う通り、とうとう最後まで休業の本当の理由は明かされませんでした。
こうして野沢さんは、
面白くなって帰ってきます。それまで忘れないで欲しいな。ほんまにすいません、バイバイ!
というメッセージを残して、芸能界を一時休業したのです。
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