1980年代

一世風靡セピア…解散の理由は何だったのか?!




1980年代に活躍した路上パフォーマンス集団・一世風靡(いっせいふうび)。
このグループから派生したユニットが「一世風靡セピア」でした。

現在もタレントや俳優として活躍する哀川翔さんや柳葉敏郎さんも、この一世風靡セピアのメンバーだったのです。
1984年に活動開始した一世風靡セピアは1989年に解散。
果たして、この解散にはどのような背景があったのでしょうか。

名前:一世風靡セピア(いっせいふうびセピア)
活動期間:1984年~1989年
メンバー:小木茂光、哀川翔、柳葉敏郎、松村冬風、西村香景、春海四方、武野功雄(旧メンバー)




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一世風靡セピアの解散発表は、1989年2月1日放送の「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)の生放送中に、メンバーが卒団宣言をするという形で行われました。

しかし、一世風靡セピアとしての音楽活動は2月1日で終了するわけではなく、2月いっぱいは「夜のヒットスタジオ」に出演し、4月29日に東京・渋谷公会堂で最後のコンサートを行って、デビュー以来6年に及ぶ一世風靡セピアの歴史に幕を降ろすというものだったのです。

渋谷は一世風靡セピアを世に送り出すきっかけとなった路上パフォーマンス縁の地でした。
本来は2月の収録を終えた後、2月24日の渋谷公会堂でのコンサートを最後に解散という予定だったのですが、たまたま当日が大喪の礼(昭和天皇崩御)に当たっているため延期になったのです。

今後は柳葉敏郎さんと哀川翔さんが俳優やシンガーの両面で活躍を続けることや、他のメンバーもそれぞれの道に進む予定であることが明らかになりました。

特に柳葉さんの場合、初の主演映画となる「螢」(東映)が2月に、哀川さんは長渕剛さんと共演した「オルゴール」(東映)が3月に予定されていたのです。

さて、そもそも一世風靡セピアは、なぜ突然の解散に踏み切ったのでしょうか?
それには一世風靡の歴史をふり返ってみる必要があります。

一世風靡が路上パフォーマンスでブームになったのは、1983年末から1984年にかけてのことでした
当時は一世風靡として活動していましたが、1984年の5月13日にその中から7人のメンバーが集まって、一世風靡セピアが結成されてデビューイベントを行われたのです。

ちなみに一世風靡の中で、上の立場の人が「歌やりたい奴、手挙げろ」と募ったところ、手を挙げたのが哀川さんと柳葉さんを始め、小木茂光さん、松村冬風さん、西村香景さん。春海四方さん、武野功雄さんで、一世風靡セピアはそのままこの7人で結成されました。

1984年6月にはレコードデビューも果たし、これで一気に人気が出ます。

俺達は、今の社会に取り込まれたくない。あくまでも自分達のやりたいことをやるんだ。

という一世風靡セピアの主張が、当時の若者に強い共感を生みました。

そうして一世風靡セピアは1984年12月にイギリスに渡り、本場のストリート文化のメッカとも言われるロンドンのコヴェント・ガーデンでパフォーマンスを展開するまでになったのです。
今でこそ、「パフォーマンス」という言葉は自然に使われていますが、この言葉を一般に定着させたのは、この一世風靡セピアでした。

しかし一世風靡セピアは、一世風靡という集団の中でも特に個性の強い人達で構成されていることもあって、1985年4月にはメンバーの一人であった武野さんが早くもグループ脱退することになります。

一世風靡セピアはあくまでも個人の意志を尊重し、自由を束縛することはしないという不文律がありました。
そのため、武野さんの脱退もすんなりと了承されたのです。

ちなみに武野さんの退団理由は店主をしていたそば屋に専念したいというものでした。
その後の武野さんは、個性派俳優として現在も活躍しています。

当時の一世風靡セピアのメンバーは、

いつまでも現在のメンバーがセピアだと思わないで欲しい。俺達はいつまでもこの形にこだわる気はない。

とコメントが出るほど、一人一人の活動を歓迎するような風潮がありました。

実は当時、一世風靡セピアがレコード会社と交わした契約書には「(セピアは)いつ解散しても可」という項目が書かれていると噂されたほど、個々の活動を重視していたという背景があったのです。

それに応えるように、1986年には哀川さんがソロデビューを果たし、同じ年に柳葉さんはNHKの朝のテレビ小説に出演。
1987年は映画、さらには話題を呼んだテレビドラマ「男女7人秋物語」(TBS)に出演しました。

ただ、この時も一世風靡セピアとしては、1987年にニューヨーク公演を成功させた他、必ず年に1回は渋谷公会堂でコンサートを開いていたのです。

また、あまり知られていないことですが、グループを結成した時、メンバーは七カ条からなる「セピアの誓い」を作っていました。
その中の一項には「引き際が肝心」と記されているのです。

それもあってか卒団を協議した時も、「一世風靡セピアを存続させて、もっとパフォーマンスをやっていきたい」という声もあったようですが…
「ニューヨーク公演まで果たし、一世風靡セピアとしてやることは全てやり尽した」、「後は一人一人の活動に任せるべきだ」、「個々の活動が活発になっている現在、グループとして中途半端な形で残っていても意味がない」といった意見が多く出ました。
そうして一世風靡セピアは、解散という結論に踏み切ったのです。




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