1980年代

紳助・竜介…解散会見で引退理由はどのように語られた?!

1980年代前半の漫才ブームを牽引した漫才コンビ「紳助・竜介」。
1977年7月15日に初舞台を踏むと、当時の不良ファッションで演じるツッパリ漫才で大人気になり、その後はテレビタレントしても活躍しました。

しかし、その8年後の1985年5月16日に、紳助・竜介はコンビ解散会見を開きます。
果たして会見ではどのようなことが語られたのでしょうか。

島田紳助

名前:島田紳助(しまだしんすけ)
本名:長谷川公彦(はせがわきみひこ)
生年月日:1956年3月24日(63歳)
職業:お笑いタレント、司会者、作詞家、プロデューサー
出身:京都府京都市南区
学歴:京都学園大学(中退)

名前:松本竜助(まつもとりゅうすけ)
本名:松本稔(まつもとみのる)
生年月日:1956年4月6日~2006年4月1日(享年49歳)
職業:お笑い芸人
出身:徳島県
学歴:大阪市立都島工業高等学校




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当時、ニューウェーブ漫才の旗手と称された島田紳助さん・松本竜介さんの漫才コンビ「紳助・竜介」。
そんな二人がコンビ解散会見を開いたのは、1985年5月16日のことでした。

会見はこの日の午後3時10分、大阪・難波の吉本綜合芸術学院で急きょ開かれます。
会見にはテレビカメラが4台、約30人の報道陣が集まりました。

別々に会場に現われた二人は、いつもと様子が違っており、お馴染みのツッパリのスタイルはなしで、ひたすら緊張の表情だったのです。

まず最初に、紳助さんが口を開きました。

8年前、明石家さんまの紹介で知り合った竜介をコンビに、「ライバル漫才師たちを倒したろ!」、「彼らに勝ったろ!」とガムシャラにやってきた。でも、漫才ブームが下火になり、気いついたら「横に並んでいるオール阪神・巨人や太平サブロー・シローなどに負けてんのとちゃうか?」と思い、愕然となった。もし勝ったら、やめることなんか考えなかったと思う。

すぐに、記者から紳助さんが「いつ負けたと思ったのか?」について尋ねられます。
すると答えは2年前。
そして、相方の竜介さんに秘めた決意を打ち明けたのがこの年、1985年5月10日だったと言います。

紳助さんは、

相方とは夫婦のようなもの。たった5分しか喋ってへんけど、「このままではあかん」というのは竜介も感じていたし、二人の意見が一致して会社にお願いしたんですわ。このままやってたら、生活のため、金のためのみにやっていかなあかんし。

この紳助さんの意見はもっともではありましたが、実は当時、「この意見はあくまでも建前で、紳助さんだけに仕事が集中して人気のバランスが崩れたというのが解散の原因になった」という意見も少なくありませんでした。

相方の竜介さんは、

相方についていくだけの自分やったから、今、自分が何やったんかわからへんけど、自分の肌に感じる何かをやっていきたい。

と、目を潤ませて語ったのです。

コンビ最後のステージは5月20日の花月。
竜介さんは「コントグループ松竹梅」に加わって活躍する予定だということも発表されました。

紳助さんは、

直球一本の漫才で、やす・きよさんのようにカーブを投げられるわけではなかった。

とコメント。

最後の三年間は惰性やった。

とも打ち明け、会見の数日前に舞台を見たという「ダウンタウン」のコンビ名を挙げて、

俺らの時代は終わった。

と語ったのです。

さて、その後の二人ですが、紳助さんはコンビ解散後はタレントとして活動。
50歳代まで第一線で活躍していましたが、2011年に暴力団関係者との黒い交際の責任をとって芸能界を引退しました。

一方の竜介さんは、コンビ解散後もしばらくの間は他の人とコンビを組むなど芸人として活動していましたが、その後は吉本興業を退所。
実業家への転身するも失敗し、自己破産を申し立てるまでになります。

その後は様々な職を転々とし、最後は大阪の歓楽街で働いていました。
しかし2006年3月22日、歓楽街の案内所で勤務中に脳幹出血で倒れ、同年の4月1日に49歳の若さで亡くなっています。




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