1980年代

BOØWY(ボウイ)…解散宣言をした理由は何だったのか?!

「Marionette -マリオネット-マリオネット」や「ONLY YOU」など数々の名曲を世に送り出した伝説のバンド「BOØWY(ボウイ)」。
活動期間は1981年から1987年と短いものでしたが、今なお多くのファンに慕われるバンドでもありました。

そんなBOØWY…
果たして、解散宣言をして理由はどのようなものだったのでしょうか。

BOOWY

名前:BOØWY(ボウイ)
旧名:暴威
活動期間:1981年~1988年
メンバー:
氷室京介(ボーカル)
布袋寅泰(ギター)
松井恒松(ベース)
高橋まこと(ドラムス)




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1986年12月24日、突如ステージで解散宣言を行ったBOØWY(ボウイ)。

解散宣言があったこの日、ボーカルの水室京介さんはコンサートの後、スタッフに

今晩は俺たち4人だけにしておいてくれよ。

と言い残して、ギターの布袋寅泰さん、ベースの松井恒松さん、ドラムスの高橋まことさんの3人と肩を並べ、渋谷公会堂を後に夜の街に消えて行きました。

解散説がささやかれた時も、実際に1986年に解散した後も、2本柱である氷室さんと布袋さんとの間に感情的な食い違いがあると言われてきました。
つまり、仲間割れが解散宣言の原因だと言われていたのです。

当時、BOØWYのスタッフの一人はこのように語っています。

確かに二人は音楽的に個性が強いということの他に水室はとっつきやすい、布袋はとっつきが悪く気難しいといったように正反対の性格です。だから、特別に仲がいいとは言えないけれど、BOØWYというグループに関しては、全く感情の行き違いはなかった。もし、そんなに仲が悪かったらもっと早く解散していたでしょうし、テレビに出たりCMに出たりして、ずっと打算的な方向に動いていたでしょう。

氷室さんと布袋さんの不仲説に関しては、当時から他の複数のスタッフも、

そういうことは絶対にありません。

と口をそろえて否定していました。

では、なぜBOØWYは解散することになったのでしょうか。
その理由はBOØWYの歩みと密接な関係があるかと思います。

BOØWYのレコードデビューは1982年。
群馬県で音楽活動をしていた氷室さんが同じ群馬県出身で、やはり東京に出て来ていた布袋さんと中心になって、グループを結成したのが始まりです。

最後のアルバムとなった「PSYCHOPATH」が、あのマイケル・ジャクソンの「BAD」と同時期に発売されながらも、マイケルを完全にしのぐ驚異的な売れ行きを記録したBOØWY…
しかし、当初は全く売れないバンドでした。

売れないグループだけに、レコード会社でもあまり金をかけてくれず、全国ツアーの時など、自分たちがアルバイトをしたお金でポスターを作って貼り歩いていたりもしたのです。

ある時などは事務所から、「九州で3万人が集まる大イベントがある。出演できるから行って来い」と言われ、張り切って出かけてみると、それがなんと村祭り…
結局ギャラは出ず、代わりにに野菜をもらって来たというエピソードもありました。

これには理由があり、BOØWYがその時流行っていた売れる音楽に迎合せず、自分たちのやりたいことしかやらないという根強い信念があったからです。
BOØWYの「Ø」という字には、「どこにも属さない」という意味が込められていました。

つまりBOØWYは、後に多くのファンに支持されている自分たちだけのサウンドを当初から目指していたのです。
このサウンドについては、氷室さんがこう述べています。

色んな原色の色が混ざり合うと、普通は黒になるところが、華やかに輝く色になる。

つまり、これがBOØWYの世界だったのです。
こうして自分たちだけのサウンドを確立し、次第にビッグになっていったBOØWYでしたが、ある時、氷室さんはこんなことを口にしました。

次のことを考えられなくなったアルバムが出たら、もう解散するしかない。

これはBOØWYとしてやりたいことがなくなったら、やめるしかないという意味で、それが「PSYCHOPATH」というアルバムだったとも言えるのです。

また、BOØWYのメンバーは苦しい下積み時代の時から、

1等賞を取ったら解散しよう。

と冗談交じりに口約束を交わしていたのも事実です。

もう一つの解散の理由は、仲が悪いということではなくて、氷室さんと布袋さんの音楽的志向が違って来たということもありました。

布袋さんは、1986年の1月に山下久美子さんと結婚し、山下さんのバックでギターを弾いたりもするようになっていました。
二人と親しいバンドのメンバーからは、

この時分から、布袋はプロデューサー思考が強くなってきたようですね。要するに色んなミュージシャンと共演したり、他人に作曲してあげたりすることが多くなってきた。それがBOØWYの枠の中にいると、契約その他の問題に縛られて、なかなか思うようにいかないんですよ。逆にヒムロック(氷室さんの愛称)の方も、ボーカリストとして、色んな可能性を試してみたいという時期に来ている。しかし、例えばバラードを歌いたいとしても、BOØWYの中では歌いにくい。こういうお互いの歪みが次第に大きくなっていったんでしょうね。

という話が出ていたり、BOØWYのステージをよく見ている音楽関係者の一人からも、

去年(1986年)の夏以降、BOØWYはまとまり方が以前とは違ってきていました。それぞれの個性が、前面に出ているという感じですね。

というコメントもありました。
このような背景があったことを考えると、実はBOØWYの解散は時間の問題だったのかもしれません。

その後、BOØWYのメンバーは氷室さんがシンガーソングライターとして、布袋さんはソロ・ミュージシャンとも活動することになります。
松井さんは1992年頃に常松と改名し、高橋さんも含め、メンバーと同じようにミュージシャンとして活躍しています。





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