1980年代

さだまさし…借金の理由と完済までの日々を振り返る




 

ファンとスタッフの間では「まっさん」の愛称で親しまれ、1980年代初めからヒット曲を連発していた「さだまさし」さん。
そんなさださんが映画製作に乗り出し、製作費がかさんで巨額の借金を作ったのも1980年代のことでした。

名前:さだまさし
本名:佐田雅志(さだまさし)
生年月日:1952年4月10日(66歳)
職業:シンガーソングライター、タレント、小説家
出身:長崎県長崎市
学歴:國學院大學法学部(中退)



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1981年11目7日、東宝洋画系120館で中国を舞台にしたドキュメンタリー映画「長江」が封切られました。
主演、監督はさだまさしさん、当時29歳です。
製作総指揮はさださんの父親で、製作は個人事務所「さだ企画」となっていました。

さださんの祖父は大正時代の日本のシベリア出兵の頃、中国を辺境まで探索して地図を作る「軍事探偵」をしていました。
その関係から父親も中国生まれで、さだには長年、大陸への憧れがあったのです。

この頃のさださんは「雨やどり」、「防人の詩」などがヒット…
1979年にリリースした「関白宣言」は今でも知られる代表曲になっていました。

個人事務所には印税など莫大な収入が入り、2億円ほど余裕資金があったのです。
その資金で製作を思い立ったのが映画「長江」でした。

1980年からロケが始まり、製作の規模は企画段階よりはるかにスケールアップしていました。
当初はテレビ用のビデオカメラでの撮影の予定だったのですが、後々まで保存性の良いフィルムで残したいと、映画用35ミリフィルムに替えたのです。

念入りに揚子江周辺の撮影を行っていくうちに、回したフィルムは2蒔間20分の映画の約100倍の120万フィートにも及びました。
また同時に、人件費も雪だるま式に膨らんでいったのです。

当初はお金のことはほとんどノータッチで、夢を見るような気持ちだったさださん…
膨れ上がる製作費を知って、地獄に突き落とされたような気分になったそうです。
しかし、もはや引き返せない段階に来ていました…

さださんはマイナス25度以下になる11月の峨眉山(がびさん・標高3099メートル)にも登り、撮影を行いましたた。
山頂で一夜を過ごし、極寒に震えながら「明日の朝は凍死しているかもしれない。このまま死んだ方が楽かもしれな」とまで思ったといいます。

しかし、何事もなく目が覚めた翌朝、峨眉山の山頂から見えた中国の山々の神々しい姿を見て、「なるようにしかならない!」と気持ちを吹っ切ったのです。

結果、映画「長江」の配給収入は5億円ほどでした。
不入りといわれる数字ではなかったものの、巨額の経費には到底及びません…
のしかかった借金は額面だけでも28億円で、金利を含めて35億円にも上っていたのです

1970年代に病気で一時期休業し、少し線が細い印象だったさださんですが、この借金がアーティストとしてのスタイルにも影響を与えました。

その後、毎年100回以上、多い年には160回ものコンサートをこなす日々が続きます。
日本で最も多くのソロコンサートを行った歌手ともいわれました。

そうして2013年7月17日、ソロコンサート4000回を達成…
日本武道館で行った記公演では巨額な借金を完済したことも明かにしました。

その時「(記録の)原動力は借金。30年返し続けるために生きてきた。今は解き放たれて自由感があります」とジョーク交じりに喜びを語ったのです。

2017年1月1日からは「さだまさし=カワイイ」をテーマとしたプロモーションの展開をスタート…
公式インスタグラム開設と「PPAP〜和風バージョン」と題した動画をYouTube上に発表するなど、まだまだ勢力的に活動されています。




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