1980年代

間寛平…アメマ裁判でも笑いをとる?!




 

お笑いだけではなく、マラソンランナーとしても大人気の「間寛平」さん。

寛平さんといえば、「歩くハンコ屋」というあだ名がつくほど、人が良いことで有名です。
そんな人の良さが生じて騙されることが多い寛平さんですが、その中でもアメマバッジ事件をご存知でしたでしょうか…

名前:間寛平(はざまかんぺい)
生年月日:1949年7月20日(69歳)
職業:お笑いタレント、俳優、歌手(レゲエシンガー)
所属:よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京
出身:高知県宿毛市
学歴:柏原高等学校卒業

 



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実は寛平さんは過去に生来(せいらい)の人の良さに付け込まれて、金銭トラブルに巻き込まれることも多かったのです。

中でも1987年9月に終了した深夜番組のキャラクターがモチーフとなった「アメマバッジ裁判」…
当時はテレビでも繰り返し紹介された有名な騒動となりました。

頼まれると断りきれない性格の寛平さん…
そば屋の店員が時計を買う際の保証人を引き受けて逃げられたり、先輩の芸人に900万円の手形の裏書きを頼まれ、お金をもらわないまま何も考えずに引き受けてしまったり…
寛平さんにはいつの間にか「歩くハンコ屋」というあだ名がついていました。

借金地獄に陥った寛平さんですが、1985年スタートの関西ローカルの番組「今夜はねむれナイト」の人形劇コーナー「パペットレビュー」で、奇妙なマント頭巾姿の「アメママン」の声を演じて評判になります。

人形たちが不条理コントを演じる中「またも出ましたアメママン。いつもニコニコほがらかに!」と登場し、場を引っかき回して去っていくシュールな役柄で、いつの間にか大気になったのです。

番組司会の太平サブローさん・シローさんには「アメママンがえらい人気が出てきた。にいやん、バッジ作ったら儲かりまっせ!」と言われて、寛平さんはすっかりその気になってしまったのです。

本来、キャラクターグッズは局が作るものなのに、寛平さんはこれまでの借金を返すために「一発当てたろう!」とアメマバッジ10万個を発注してしまいます。

バッジは横にスイッチがあり、緑と赤色の目が交互に点滅するもので、原価630円…
1500円で販売する予定でした。

しかし、その時すでに番組の終了が決定していたのです。

アメマバッジが完成した後、2週にわたってプレゼントとして紹介していましたが、3週目で番組は終了…
寛平さん(当時38歳)の手元に大量のバッジが残り、業者から6000万円以上を請求される騒ぎとなったのです。

代金を支払えない寛平さんを相手に製作業者は、「アメマバッジの契約にハンコを押したのだから、バッジのお金を払ってもらわないといけない」と裁判を起こしました。
これに寛平さんは「契約書読んでも、甲は誰で、乙が誰か、さっぱりわからんのですわ!」という状況…

裁判では「いや、アメマバッジに何でこんなん1個630円かかるねん。こんなもん、ICが入ってるとかどうのこうの言うてるけど入ってへんやん!」と主張しました。

また、そもそも「アメマ」を知らない裁判官が「アメマとはどういう意味ですか?」と真面目に尋ねたのに対して、「アーメマー」とギャグを披露することもありました。
理解できなかった裁判官が再度尋ねると再び「アーメマ」…
法廷は爆笑の渦に包まれるということもあったのです。

その後も「アメマの契約書をよく読まなかったのですか?」、「アメマの契約書には…」と、真顔で「アメマ」を繰り返すシュールな法廷になりました。

けれども、結局は寛平さんは6000万円の借金を背負うこととなり…
マネジャーに支えられながら計画的にスケジュールをこなして完済することができました。

最近では2016年7月20日に、若手芸人育成を目的として、「劇団間座」を立ち上げ、クリスマスの12月24日・25日に旗揚げ公演「恋の虫」を上演したり、騒ぎ直前の1986年、36歳で始めたマラソンも着実に実績を積み上げています。




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