実家は稲荷神社の総本社、伏見稲荷大社の境内(稲荷山山腹)にある俳優の「西村和彦」さん。
プライベートでは1996年に、女優でジャズ歌手の立原麻衣さんと結婚していますが、2005年に離婚しました。
また、2006年に書家の國重友美さんと再婚するも、2015年に離婚していたことが明らかになっています。
さて、西村さんのこの二度の離婚原因は何だったのでしょうか。
名前:西村和彦(にしむらかずひこ)
生年月日:1966年8月21日(52歳)
職業:俳優
所属:ソニー・ミュージックアーティスツ
出身:京都府京都市伏見区
学歴:日本大学藝術学部映画学科(中退)
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さて、西村和彦さんの二度にわたる離婚。
この原因や理由はどういったものだったのでしょうか?
1988年に「超獣戦隊ライブマン」の大原丈(イエローライオン役)で本格的にデビューした西村さんは、演技が高く評価されてCMやドラマに次々と出演していきました。
そんな中、女優でジャズ歌手でもある「立原麻衣(岩山立子)」さんと1996年に結婚。
しかし、2005年には離婚しています。
この離婚理由などに関して、様々な憶測が飛び交っていましたが、二人とも離婚に際して何も言及しませんでした。
ただ、インターネット上で多かった理由として、二人の間に子供が生まれなかったことや、西村さんの浮気などの憶測があがっていたのです。
また、西村さんは立原さんとの離婚が成立した後、テレビ番組で共演した書家で元タレントの「國重友美」さんと知り合い、何とわずかか2ヵ月でゴールイン(再婚)してしまいます。
これは西村さんの一目惚れで、本人も「稲妻に打たれたような衝撃を感じた」と語っていました。
そうして西村さんは2006年、3回出会っただけの國重さんとスピード婚(再婚)をしたのです。
この再婚の早さが、ひょっとすると西村さんの「浮気が離婚の原因ではないか?」と言われた理由になるのかもしれません。
さて、そんなスピード再婚を果たした西村さんはその後、2008年に第一子(長男)が、2009年には第二子(長女)が生まれました。
ここから西村さんの再婚ができちゃった婚ではなく、また決して子供が欲しくないと考えるような人ではないことがわかります。
それが証拠に、西村さんと言えば、料理学校まで通って子供のキャラ弁を作ったり、一緒にお風呂に入って背中を洗ってもらった時に号泣したりと、子煩悩エピソードがたくさんあるからです。
このような理由が、一度目の立原さんとの離婚原因に「お子さんができなかったことではないか?」と言われる理由になったのではないでしょうか。
さて、そんな順風満帆に見えた西村さんですが、國重さんと2015年に離婚してしまいます。
これで、西村さんはバツ2となってしまいました。
この離婚の原因としては、2012年に國重さんが西村さんと別居し、アメリカに拠点を移して創作活動を行ったことで、二人の生活にすれ違いが生じたからと発表されています。
9歳になる長男と8歳の長女の親権は西村さんが持ち、慰謝料などもない円満離婚だそうです。
この二度目の離婚に関しては、実は前々から噂がありました。
西村さんがブログで、子供のことしか掲載しなかった点や、西村さんがバラエティー番組で何度も恐妻家ネタを暴露していたからです。
ちなみに恐妻家ネタでは、料理・洗濯・ゴミ捨てなどの家事全般は西村さんがやる、長男が生まれる前までは風呂上がりの妻の体を拭いたり、時にはトイレの後のお世話もしていたとか。
そうして帰国の期限も決めずに、國重さんはアメリカに旅立った後は、家事・子育ては全て西村さんがやることになったそうです。
もちろん國重さん側の話は出ていないので、やや大げさな話なのかもしれませんが、慰謝料などもない円満離婚で、子供の親権が西村さんであることからも、かなり信憑性があると思われます。
仕事をしながら、二人のお子さんを育てていくのは大変だと思いますが、西村さんにはこれからも働くイクメンパパと頑張って頂きたいものです。
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