1980年代

4代目・林家小染…事故現場と死因は何だったのか?!




 

出囃子は「たぬき」、このままいけば4代目・染丸を襲名すると言われ、将来を期待されていた上方噺家の「4代目・林家小染」さん。
そんな小染さんがまさかの交通事故で亡くなったのは、1984年1月31日のことでした。

原因はその2日前、1月29日に起きた事故だったのですが…
その真相とはいかなるものだったのでしょうか。

名前:4代目・林家小染(はやしやこそめ)
本名:山田昇(やまだ のぼる)
生年月日:1947年6月11日~1984年1月31日(享年36歳)
職業:上方噺家
所属:吉本興業
出身:大阪府大阪市阿倍野区
学歴:大阪市立天王寺第二商業高等学校




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4代目・林家小染…事故の状況と事故現場

事故が起きたのは1984年1月29日の午前5時ちょうどでした。
この時間、大阪府・池田署に110番通報が入ります。

その内容とは、神戸方面から大阪府茨木市(いばらきし)に向かう国道171号線の箕面(みのお)市桜井3丁目で人身事故が発生したというものでした。

池田署から箕面消防署西分署に指令が飛び、サイレンを鳴らした救急車が現場に到着したのは5時3分。
未明に降り出した雪で路面は真っ白になっていたと言います。

路上には4トントラックが停車しており、その左前部には、降りしきる雪に顔を濡らして横たわる男性がいました。

現場に到着した西分署の的場分隊長(当時)は、その時のことをこのように語っています。

もう頭部の下にはかなりの出血があって、「これはアカンな」と思いました。救急車の中では軽く眠っている状態でしたが、瞳孔はやや散大気味。舌を巻いて窒息しないように気管を確保し、酸素を与えたんです。すると、痛みが酷いのかとても1人では抑えられないほど暴れたんです。その時、羽織の下の物の胸のところに「小染」と染め抜いてある字が見えたんで、初めて小染さんとわかりビックリしたんですわ。担架に乗せる時も肥えているんで、重くて警官に手伝うてもらって3人がかりで乗せたんです。最初はお相撲さんかと思ったんです。

この時、救急車で運ばれた男性とは、これから上方落語界を背負って立つと言われた若手落語家、「4代目・林家小染」さん(当時36歳)でした。

小染さんは現場から3キロ離れた友紘会(ようこうかい)総合病院に担ぎ込まれます。
この時、まだ小染さんには意識がありました。
手足を動かし「ワァー、ワァー」と声も出ていたと言います。

しかし、その20分後には脈拍が40に低下。
すぐに、頭部断面検査を行なった結果、脳推傷と外傷性硬膜下血腫が認められたのです。
すぐ、林豊行院長(現・理事長)の執刀で2時間に及ぶ大手術が行なわれました。

翌日の1月30日には、林院長による記者会見が行われます。

脳死に近い状態です。微(かす)かに自発的に呼吸している状態で、呼吸器を外せばすぐ死に至ります。外科的な手術はすでに全て手を尽くしました。

さらには、

医学的に見て、一命をとりとめるのは絶望的でしょう。万が一の可能性で植物症に移行する程度です。奥さん(美千穂さん)にも全て話してあります。納得し覚悟されている様子でした。

とコメントし、記者たちの質問にも希望的な答えは返って来ませんでした。
その時、小染さんはICU(集中治療室)で、生死を彷徨(さまよ)っている状況だったのです。




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4代目・林家小染…事故原因は何だったのか?

そもそも、なぜ林家小染さんはこのような事故に巻き込まれたのでしょうか?
小染さんは、1月28日に大阪府枚方市の樟葉(くずは)公民館で行なわれた「市民寄席」に出演していました。

その高座を務めた後、仲間の桂文福さん、桂九雀さんらと連れ立って大阪ミナミの割烹(かっぽう)で食事をしたのです。
そうして、午前2時過ぎに桂九雀さんと一緒に事故現場となった箕面市の171号線沿いにあるお好み焼き屋「きよっぺ」(大阪府箕面市桜井3丁目1−15)に行きました。

その「きよっぺ」の女主人は、

2時30分頃やったかな、九雀さんと一緒にえろう機嫌よく来ました。かなり酔ってましたね。お酒を冷やで1杯、ビール4~5本出しました。

と語っています。

「きよっぺ」は小さな店で、店内は立て込んでいました。

「小染さんや」言うて、お客さんは喜びおってな、お酒をついだりつがれたりで。ここには4時過ぎまでいましたかな、帰らはるのにタクシー呼んだけど、雪で来てくれませんのや。

この時、店内にいたスナックのホステスが2人が、「小染はん送りましょうか?」と言ったのですが、小染さんは「アンタらの車に乗るなら生命保険入ってからや」と冗談を言って店を出てしまいます。

仲間と別れた小染さんは、「きよっぺ」の向かい側にあったうどん屋「こんぴら亭」へ一人で入りました。
そこでは酒とうどんが出ましたが、酒には手をつけなかったと言います。

小染さんの自宅はそこからわずか3~4キロの距離にありました。
とは言え、雪の降り始めた未明の道を酔った足で帰るには距離があります。

午前4時20分、小染さんはうどん屋を出てタクシーをつかまえようとしましたが、タクシーが来ず、停車していたトラックに便乗させてもらいました。
しかし、5時前になって元の場所に戻って来たのです。

理由は「勘定払うのを忘れたから」と言うもので、一部の報道では、再び路上で通過する車に向かって手を振り続けた小染さんに、1台の乗用車が停まったものの、後続車がこの乗用車に追突したという話が出ていました。

この2台の車の運転手同士が口論している最中、小染さんは「死んだらええんやろ、死んだるわ!」と叫びながら車道に飛び出したというのです。

そこへ走って来たのがトラックで、路面は急ブレーキをしてもきかないほどの凍っていました。
トラックは左前輪に小染さんをひっかけたまま、15メートルも走ったと言います。

ただ、これには様々な意見があり、はっきりしたことはわかっていません。
生前親しかった笑福亭鶴瓶さんによると、酒に酔った小染さんが、「トラックと相撲をとる」と言って車道に飛び出したという話もありました。

この事件は早朝ということもあり、目撃者も少なかったのです。
担当の池田署の副署長も、

新聞報道が本当かどうか、目撃者がいないので確証がとれずにいるんですわ。

とコメント。

さらに、

事故を起こしたトラックの運転手の話では、停車していた軽トラックの陰から、車に手を振るようにフラリと飛び出して来たと言うんです。その時、信号は前方3つ目まで青だったそうです。15メートル前方で発見したと言ってます。

という話も副署長から出ていました。

もし、本当に乗用車が追突したとしたら、その車の運転手は事故を目撃してるはずなのですが…
さらに、現場には近所の飲食店から7~8人の人間が飛び出して来たと言いますが、誰も目撃者はいなかったのです。

私たちが到着した時も乗用車はいませんでした。関わり合いになるのを恐れていなくなったんですかね。ただ小染さんは、 かなり酔ってたんじゃないですか?救急車の中で、かなり酒の匂いがしましたから。

と、小染さんを運んだ救急隊員は答えています。

真相はわかりませんが、小染さんがかなり酔っていたことは確か。
なにしろ小染さんの酒好きは有名で、高座に上がって客と喧嘩したり、楽屋で休んでいた大先輩・人生幸朗さんに対して、「オイ、オッサン、こんなとこで何寝てんねん」と足蹴りしたなど、数々の逸話が残されているのです。

しかし、酒が入っていなければ、礼節をわきまえており、その人柄は芸人仲間はおろか、マスコミにも慕われていました。

小染さんの芸風は関西の度民の持つコクのようなものです。人柄も芸風みたいな人で、なんであんなええ人がこんな目にあわなならんのか残念です。

と浜村淳さんがコメントすれば、月亭八方さんも事故直後に、

今の芸人はサラリーマン化してると、小染さんはよく言ってました。「芸人はこんなもんなんや」という生き方を私ら若い者にいつも身をもって示してくれる人です。だから酒もよう飲みはりました。酒を本当に愛してはったんです。早く回復してもらわんと、ボクら芸人は、漫才の相方をなくすようもんです。

と語っています。

しかし、その想いは届かず、小染さんは妻の美千穂さんと娘の真穂ちゃんを残し、1月31日に36歳という若さで帰らぬ人となります。
奇しくも、亡くなった当日の1月31日は、梅田花月で「もう酒はやめた」というコメディーに主役で出演する予定でした。

法名は「淨樂院釋染華信士」。
この年の秋には、4代目・染丸襲名が決まっていました。




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