1980年代

美川憲一…大麻取締法違反で逮捕される前に行った釈明会見とは?




 

1966年の「柳ヶ瀬ブルース」を皮切りに、「釧路の夜」や「おんなの朝」、さらには「さそり座の女」などのヒット曲で知られる「美川憲一」さん。

そんな美川さんが大麻取締法違反容疑で書類送検されたのは1984年のことでした。
当時、芸能界は麻薬汚染問題で大騒ぎのだったのです。

美川憲一

名前:美川憲一(みかわけんいち)
本名:百瀬由一(ももせよしかず)
生年月日:1946年5月15日(75歳)
職業:歌手、俳優、タレント
出身:長野県諏訪市




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1982年に元女優で姉の奥村真粧美さんと共に、大麻密売で逮捕された勝新太郎さんの長男・鴈龍さん。
その2年後の1984年にも鴈龍さんは大麻所持で逮捕され、同時期には安岡力也さんが事情聴取された最中に、週刊誌などで「美川憲一に逮捕状が用意された」のゴシップが出ていたのです。

美川さんにはこれ以前、1977年に佐世保署に検挙された前歴がありました。
この時、美川さんは「お騒がせして申しわけありません。二度とマリファナは吸いません」と記者会見で誓っていたのです。

その後、芸能界ではタレントで探検家でもあった川口浩さんの兄弟姉妹が次々と薬物で逮捕されるといった通称「川口一家の麻薬汚染事件」が発生し、1983年には俳優の萩原健ーさんの大麻所持などが発覚したこともあり、美川さんの黒い噂も絶えなかったのです。

そんな中で、美川さんが大麻取締法違反容疑で書類送検という話題に、世間は「またか…」と感じたのです。
美川さんの容疑は1984年3月に、立川署と警視庁保安二課が大麻取締法遼反容疑で逮捕していた鈴木守(すずきまもる)さん、当時35歳の飲食店店員から、大麻樹脂3グラムを受け取ったというものでした。

しかし、当の美川さんは身辺が騒がしくなって来た6月6日にロサンゼルスに向けて出国。
帰国予定日の6月15日になっても現われず、「逃亡か?」と騒がれていたのです。

けれども、6月21日に密かに帰国していた美川さん。
3日後の6月24日に立川署に自ら出頭して事情聴取を受け、書類送検されたのです。

そうして、6月25日には永田町のザ・キャピトルホテル東急で釈明記者会見を行いました。
美川さんの釈明を簡潔にまとめると次のようになります。

➀1983年10月26日、自分がオーナーの六本木の店で鈴木から紙に包んだ大麻をもらった
➁中を確かめずタバコの箱に入れた
➂翌日、何かもらったなと思い出したが店の者が捨てたらしくなかった
➃そのため私は大麻と知らなかったし吸ってもいない
➄鈴木とは顔見知り程度の仲
➅ひょっとしたら大麻ではと思ったのは鈴木が逮捕されてから

こうして美川さんは、自分にやましい所はないとハッキリと宣言したのです。
しかし、この釈明会見で記者団が納得するわけがありませんでした。

なぜなら、釈明には不透明な点が多かったからです。
まず、包みを開かず、大麻と知らなかったのに、なぜ「大麻をもらった」と供述したのか?との質問には、

もらったのは間違いないし、中身に関しては彼がそう言ってるんですから…

と答えました。

また「顔見知りの仲であるはずの鈴木さんが大麻を美川さんに渡したのは不自然。仲間と考える方が自然だではないか?」という質問に対しては、

仲間と思うならそう思ってください。

と返答。

さらに、

お店をやってる以上、色々な人が来る。どの人がいい人か悪い人かわかりませんしね。

と答え、

私は大麻は好きでない。美味しい料理を食べてる方が好き。

中身を見て大麻とわかったら捨てたでしょう。でも、彼のことを(警察には)通報しなかったと思いますけど。

と語ったのです。

さらに、質問は美川さんが何度もマニラに行ってる理由や、エイ・ビー・シープロダクションを辞めたこと、赤坂のマンションを売り出していることなどにも及びました。

マニラに行ったのは大麻を仕入れるためではない。それだったら税関で見つかるでしょう。マンションは博打のカタに取られたとの噂もあるようですが全くデマです。12年住んでましたので、心機一転しようとしただけです。事務所も新しく入ります。

とコメントしたのです。

記者団の不信感が強まったことは言うまでもありません。
結局、この年の8月に美川さんは大麻取締法違反で2度目の逮捕。

判決は懲役1年6か月、執行猶予3年が下りました。
この事件以降、テレビの出演回数も減り、スナックでの営業や地方の温泉などでの公演が続くことになるのです。






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