1980年代

河合奈保子の現在と転落事故のいきさつを振り返る




 

元アイドル歌手でシンガーソングライターの「河合奈保子」さん…
彼女が誤って舞台の奈落に落ちたのは1981年10月でした。
今回はそんな河合さんの現在と転落事故のいきさつについて振り返っていきたいと思います。

名前:河合奈保子(かわいなおこ)
生年月日:1963年7月24日(55歳)
職業:元歌手、シンガーソングライター、女優
所属:芸映プロダクション
出身:大阪市住吉区(現・住之江区)
学歴:明治大学付属中野高校定時制




Sponsored Links
 

1981年10月5日の夕方頃、東京都渋谷区のNHKホールでは7時から収録が始まる人気歌番組「レッツゴーヤング」のリハーサルが行われていました。
河合さんは同じ事務所の先輩、西城秀樹さんの楽屋で談笑していましたが、4時過ぎに河合さんを呼び出すアナウンスを聞いて、元気よくくステージに向かったのです。

4時20分に進行係の「出番です」の声に促されて舞台の下手から指定されていた位置へと飛び出すように河合さんは駆け出しました。

しかし、指示のあった河合さんの立ち位置は深さ4メートルの奈落のすぐそば…
しかも、彼女は視力0.06の近視でありながらが、体質的にコンタクトはつけられず、しかも、ステージは本番で暗かったのです。

ちょうどモニターを見ていたバックダンサーは瞬間的に河合さんの姿が消えたのを見て「何が起こったのか?!」といぶかったと言います。
近くにいたスタッフは突然の「キャー」という悲鳴に驚き、河合さんが場所を見誤り、行き過ぎて、奈落に転落したのに気づきました。

当時、奈落にはステージに大道具を押し上げる「セリ」という装置の準備をしようとしていた大道具の係員がいたのです。
彼は真っ逆さまに落ちてくる河合さんをとっさに受け止めようと動いたのですが間に合わず、自分の肩に当たったのみ…

しかし、それが河合さんがワンクッションになって、腰から床に落ちたのです。
この時点で河合は意識を失っていました。

共演者としてその場にいた田原俊彦さんや松田聖子さんもこの事態を目の当たりにして顔面蒼白…
すぐ救急車が来て近くの病院に運び込まれ、レントゲン検査を行われました。

結果は第1腰椎圧迫骨折で全治2カ月の診断…
ほんの少し打ちどころがずれていれば、半身不随になってもおかしくない重傷だったそうです。

河合さんはこの後、しばらく寝たきりの生活を余儀なくされ、43日間の入院生活を送りました。
幸い後遺症はなかったものの、この活動休止は11月下旬まで続いたのです。

ただ、この休養中に暮れの紅白歌合戦への初出場も決まっていました。
しかも紅白の会場も事故が起きたNHKホール…
河合さんはリハーサル中までは事故の記憶と恐怖感が抜けなかったといいますが、本番では吹っ切れて「スマイル・フォー・ミー!」を持ち前の笑顔で歌い抜いたのです。

河合さんは事務所が主催した「HIDEKI(西城秀樹)の弟・妹募集オーディション」で優勝して、1980年6月に「大きな森の小さなお家」で歌手デビューしました。

爽やかな笑顔と「元祖巨乳アイドル」といわれるほどの豊満なバストで男性ファンを釘付けにし、1980年代前半には松田聖子さんと並ぶトップアイドルとして活躍しました。
1985年ごろからは作曲も行うようになり、作曲家として高い評価を受けています。

1996年2月にはヘアメイクアーティストの金原宜保(かねはらたかやす)さんと結婚…
翌年、第1子誕生を機に芸能活動の停止を発表しています。

ただ、最近では2010年10月26日発売の「FLASH」にて「今は専業主婦がメインだが、音楽活動が出来ることになれば皆さんの前できちんとご挨拶できたら良いです。」という主旨のコメントを寄せており、今後の活動再開の意欲がうかがえる一面もありました。




Sponsored Links
 



ピックアップ記事

  1. 美川憲一…若い頃に薬物(大麻・覚せい剤)で逮捕されていた?!
  2. あんじ(モデル)…現在は舞台女優として活動していた?!
  3. 生島マリカの正体(息子、年齢、癌etc)が壮絶すぎる!!
  4. 坂口良子と元夫・田山恒彦の馴れ初めと結婚から離婚
  5. フィンガー5の現在…晃と正男は活動中で一夫は不動産会社を経営?!

関連記事

  1. 1980年代

    佐々木つとむ殺人事件の経緯や真相とは何だったのか?!

    ものまねタレントの神奈月さんの師匠で、はたけん…

  2. 1980年代

    宝田明…元妻「児島明子」との馴れ初めから結婚・離婚まで

    東宝映画「ゴジラ」(1954年)の主演でブレー…

  3. 1980年代

    沖雅也…死因(自殺)の原因は「うつ病」だったのか?!

    1983年6月、東京は新宿の高層ビルで若手スタ…

  4. 1980年代

    いしだあゆみ…萩原健一との結婚から離婚までを振り返る

    「ブルーライト・ヨコハマ」が100万枚を超える大ヒットになり、女優に転…

コメント

    • negi
    • 2019年 9月 29日 5:57am

    その現場にいたものです.
    河合奈保子さんを受け止めようとしたスタッフは,や○ざきさんと方で
    そのご本人も怪我をして暫くは,仕事が出来なかった記憶があります.

    そして怪我から回復して現場(紅白歌合戦?)に復帰した河合奈保子さんが
    スタッフ控室を自ら訪ねて,や○ざきさんにお礼の言葉とマフラーを手渡した
    のを目前で見ていました.

  1. この記事へのトラックバックはありません。

Sponsored Links
Sponsored Links

最近の記事

  1. 山本譲二…妻の植木悦子との馴れ初めとは?!
  2. 松田聖子…デビュー5年目でも収入はとんでもなかった?!
  3. 牛島和彦…妻の光江との馴れ初めから結婚まで
  4. 八千草薫…メニエール病という病気を患ったことがある?!
  5. 具志堅用高…妻・香澄との馴れ初めから結婚まで
  6. 森繁和…妻・靖子との馴れ初めはファンレターだった?!
  7. 久米宏 …愛人が自殺未遂をして謹慎処分になったことがある?!…
  8. 倉田保昭…クラタスポーツ・スタジオを全国展開しようとしていた…
  9. ジャッキー佐藤とナンシー久美…ジャパン女子プロレスリング設立…
  10. 都はるみ…引退の理由は中村一好が関係していたのか?!
Sponsored Links

おすすめの記事

Sponsored Links

注目記事

Sponsored Links
  1. 1990年代

    渡辺徹…若い頃に病気(糖尿病)になって郁恵にダイエットさせられた?!
  2. 2000年代

    田中美里…パニック障害で女優業の危機?!
  3. 1980年代

    若原瞳…元夫・ビンセントとの離婚理由は何だったのか?!
  4. 1960年代

    橋幸夫…軍刀(サーベル)を持った男に切りつけられる?!
  5. 1970年代

    高橋惠子…30数年前に舞台をすっぽかして逃避行した理由とは?!
PAGE TOP