2000年代

河島英五…死因はエイズではなく「肝臓疾患」だった?!





1979年のソロレコード「酒と泪と男と女」の大ヒットで知られるシンガー・ソングライター「河島英五」さん。

48歳という若さで惜しまれながら帰らぬ人となった河島さんですが、その死因がエイズだったのでは?…
という話がちらほら見受けられました。
果たして、その真相はどうだったのでしょうか?

名前:河島英五(かわしまえいご)
生年月日:1952年4月23日~2001年4月16日(享年48歳)
職業:シンガーソングライター、俳優
レーベル:ガリーバーレコード
出身:大阪府東大阪市
学歴:大阪府立花園高等学校




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河島英五さんはデビュー以来、4000回以上もライブをこなしていましたが、2000年11月関西での野外コンサートの後、風邪をひいたのをきっかけに体調を崩してしまいます。

その後は下痢もずっと続くようになり、河島さんの夫人は「病院へ行ったほうがい」と勧めました。
しかし、スケジュールが詰まっていることを理由に、市販の風邪薬を飲んでコンサートを続け、河島さんは療養する気は毛頭なかったのです。

そんな河島さんに大きな変化が起きたのは、年が明けた2001年1月27日…
富山のコンサートから帰宅した昼ごろに吐血し、入院してしまうのです。

気分が悪くて無理に吐いた際、胃が切れて血が止まらなくなるマロリー・ワイス症候群と診断され、肝硬変や静脈瘤も見つかりました。

河島さんは曲のイメージから酒豪と思われがちですが、1980年代半ばにC型肝炎が判明してからは煙草を止め、酒は打ち上げの乾杯くらい…
それも時にはビールの代わりにお茶のこともあったのです。

しかし、肝機能は低下しており、血圧も高めで薬を飲みながらの活動でした。
入院してからは吐き気と下痢が止まらず、体重は一気に20キロ以上も減ったといいます。

それでも「歌えない俺は死んだも同じ」と言い、入院中も曲作りに励みました。
事情を知らないライブの主催者からは「風邪をひいたくらいでキャンセルなんて」とクレームが入ったこともあり、予定していたライブに穴をあけないように必死に活動したのです。

3月11日、医者の勧めを振り切るようにして半ば無理やり退院…
それから間もなく長崎、山口など3カ所でコンサートを開きました。

飛行機到着後は動けなくなり、車椅子も出してもらい、何を食べても戻してばかり…
ところが、本番になるとしっかり歩き、最後まで歌い通しました。

3月24日には長女でタレントの「あみる」さんの結婚式に出席…
その後は、あみるさん夫妻と同居し、自宅療養していました。

そして、重大局面が4月14日に訪れます。
大阪でトーク&ライブショーを終えて帰宅した河島さんは深夜に吐血…
それでも「病院には行かさんといてくれ」と横になりましたが、朝に再び吐血して救急車で病院に搬送されました。

その日は奈良でコンサートが予定され、「歌わしてくれ」と主張して入院が遅れそうになる最悪の事態も…
結局、数時間後に意識がなくなり、医者は「100%意識が戻らない」と宣言したほどだったのですが、まもなく夫人の呼びかけに応えて意識は回復します。

呼吸器をつけて点滴と輸血のチューブがつながっているのに、「こんなことしとられん、 ギター持ってきて」などと家族としゃべり続けました。

しかし、ふと黙りこくったと思ったら、それが最後…
4月16日未明、家族に囲まれ、笑いながら息を引き取りました。
死因はネット上であがっているエイズではなく、「肝臓疾患」と診断されました。

2日後に音楽葬形式の葬儀が奈良市で行われ、3人の子供たちが生ギターを手に熱唱…
倒れた後、「花見に行きたい」と言っていたため、遺骨の一部は庭に植えられた大きな桜の木の下に埋められました。

墓は奈良市の十輪院に建てられ、河島さんの忌日となった4月16日は「桜風忌」と呼ばれています。




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