1980年代

瀬古利彦…嫁の渡辺美恵は300人の花嫁候補から選ばれた?!




 

1970年代後半から1980年代にかけて日本長距離界をリードした元マラソン選手の「瀬古利彦」さん。
そんな瀬古さん、プライベートでは1984年に嫁の渡辺美恵(わたなべよしえ)さんと婚約し、結婚しています。

果たして、二人の馴れ初めとはどのようなものだったのでしょうか。

瀬古利彦

名前:瀬古利彦(せことしひこ)
生年月日:1956年7月15日(63歳)
職業:元マラソン選手、陸上競技指導者
出身:三重県桑名市
学歴:早稲田大学教育学部




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瀬古利彦さん(当時28歳)と嫁の渡辺美恵さん(当時25歳)の結婚が決まったのは1984年のことでした。
二人の結婚に際し、東京・国立競技場の会議室で瀬古さんの婚約発表記者会見が200人の報道陣を前に行われたのです。

濃紺のスーツにエンジ色のネクタイ姿の瀬古さんは、マラソンで優勝した時以上にカメラのフラッシュを浴びていました。
まず、中村清監督と席についた瀬古さんは、緊張した面持ちで、

皆さんにはいろいろ心配をおかけしました。お詫びと共に感謝します。

とコメントしました。

1984年のロサンゼルスオリンピックでは日本の期待を一身に背負って出場した瀬古さんでしたが、結果は14位と惨敗。
帰国して成田空港に降りたった時には、報道陣の質問にこう答えています。

嫁さんですか?女性なら誰でもいいですよ!

言業だけを聞けば、何とも不謹慎だと眉をひそめる人も多い発言でしたが、この言葉は瀬古さん自身の人間宣言でもあったのです。
それまでレースに出れば必ず勝つことを義務づけられ、ひたすら走る機械のように練習に明け暮れてきた瀬古さん。

当時、そんな瀬古さんを皆は「鉄人」と呼んでいました。
もちろん、青春を謳歌するような時間もなく、ロサンゼルスオリンピックも惨敗を受け、瀬古さんが鉄人からごく当たり前の青年だったことの表明でもあったのです。

成田空港では軽はずみなことを言ってしまいました。でも、実は僕にも理想があります。それはソウル五輪まで走ることに専念することができる家庭を作ってくれる女性でした。

記者会見の席で、瀬古さんは頭を下げて苦笑しました。

そうして、ロサンゼルスオリンピック後の瀬古さんの花嫁募集が伝わると、勤務先であったヱスビー食品などに電話が殺到したのです。

こんなにも自分を応援してくれる若い女性がいるのにビックリしました。

と語った瀬古さんは、師と仰ぐ中村清監督と慎重に考えた結果、300人の花嫁候補から6人の女性を選び抜いたのです。

そして最初のお見合いは1987年9月9日。
場所は中村監督の知人の家でした。
この最初のお見合いにやって来たのが、嫁となる渡辺美恵さんだったのです。

「写真よりいいな」と思いました。「この子にもう一度会いたいな」と思って、ええ、一目惚れです。でも、「もっと見合いをしたら彼女以上の人がいるのではないか」と思ったりしましたが(笑)他の候補が出てこなくて良かったです。

と語った瀬古さん。

こうして二人の出会いの経緯を語った瀬古さんは、会見で美恵さんを紹介に移りました。
美恵さんは瀬古さんに合わせるかのように、同じ濃紺のツーピースにシルバーのブラウスというスタイル。

美恵さんは東京・墨田区の生まれで、実家は材木問屋を営む家の一人娘です。
日本女子大文学部を卒業した後、家政学部に入り直して、当時は幼稚園の保母さんをしていました。

初めてお会いした時に、「この人と結婚する」と思いました。瀬古さんの思いやりと優しさに惹かれました。自分にはとても厳しい人なのに他人には優しい人です。 私、頑張って彼についていきます。最初から素敵な人だと思いましたが、今日はもっと素敵に見えます。

とコメント。

プロポーズ出会いから、1カ月後の1987年10月22日。
前日、21日は国立競技場で日本陸上選手権大会があった日でした。

この日、瀬古さんにとってはロサンゼルスオリンピック以来初めての公式戦。
10,000メートルに出場し、結果は3位でしたが、その走る姿は誰の目にも明るく見えたのです。
また、スタンドには美恵さんの姿がありました。

翌日はちょうど10回目のデートの日。
瀬古さんは喫茶店で、

僕と結婚してくれませんか。

と聞くと、美恵さんの返事も

ハィッ!

と答えました。

父親を7歳の時に亡くした美恵さんは母親・妙子さんと祖母の手で育てられました。
母・妙子さんも瀬古さんを見て、「この人ならついていけるね」と喜んでくれたと言います。

一方、瀬古さんも三重県桑名市の実家で暮らす父親・勇さんは、婚約発表の1週間前に瀬古さんから電話で知らされました。

まだ美恵さんに直接会ってはいないが、テレビの記者会見で拝見し、いいお嬢さんだと思いました。利彦に全てを任せてあるので「決めたよ」と利彦から言われた時、「おめでとう、良かったな」と言ったんです。

と語ったのです。

こうして二人は結婚。
二人の間には4人の息子が生まれました。




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