1990年代

ラフィンノーズ…BELLEY(山崎健)逮捕の真相とは?!




 

1981年12月に大阪で結成された日本を代表するパンクロックバンドの「LAUGHIN’ NOSE(ラフィン・ノーズ)」。
80年代のバンドブームの先駆けでもあったラフィン・ノーズに事件が起きたのは、1990年のことでした。

ギターのBELLEYこと山崎健さんが恐喝の容疑で逮捕されたのです。
果たして、この背景に何があったのでしょうか。

バンド名:LAUGHIN’ NOSE(ラフィン・ノーズ)
ジャンル:パンク・ロック
レーベル:AA RECORDS、VAP、東芝EMI、Letsrock
活動期間:1981年~1991年、1995年~
メンバー:
チャーミー(ボーカル)
PON(ベース)
LINA(ギター)
ちーちゃん(ドラムス)




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1990年1月27日の夜、東京・六本木のカフェバーで友人と飲んでいたパンクロックバンド「ラフィン・ノーズ」のギタリストで、BELLEYこと山崎健(やまざきたけし)さんは、居合わせた外国人カップルと片言の英語で会話をしていました。
そこへ会社員のAさん(当時32歳)が、流暢な英語で話に割り込んで来たのです。

プライドを傷つけられたと思った山崎さんは、Aさんと友人のBさん(当時29歳)が外に出るのを見計らい、追いかけていきなり顔面に殴りかかりました。

さらに、

俺は山口組の者だ。タクシー代をよこせ。

とすごみ、二人から計58,000円を脅し取ったのです。
この時点では、会社員の二人は山崎さんをラフィン・ノーズの一員とは知りませんでした。

ところが、事件から3週間後の深夜、「オールナイトフジ」(フジテレビ系)を見ていたBさんは、番組に出演して過激な演湊をしているバンドの一人に見覚えがあることに気づきます。

急いで、ビデオに録画し、翌日Aさんと確認したところ「恐喝の犯人だ」と意見が一致し、麻布署に通報。
こうして山崎さんの犯行が明るみに出ることになりました。

ラフィン・ノーズは1981年に大阪で結成されたパンクロックバンド。
インディーズ時代から人気があり、自主制作盤のシングル、アルバム共に当時は5000枚以上のセールスを記録していました。

1985年にメジャーにデビューしたラフィン・ノーズは、ますます人気が過熱。
1987年4月、東京・日比谷野外音楽堂で行われたコンサートでは、熱狂したファンが将棋倒しになり、死者3名、負傷者26名という大惨事を引き起こし、1年間活動を自粛していました。

当時、山崎さんはラフィン・ノーズのメンバーではなく、1989年8月にギタリストとして新たに加入。
しかし、メンバーの信頼も厚く、すでに固い絆で結ばれていました。

俺はあいつと一緒に死ぬまでラフィンを続けていきます。

と語ったのはラフィン・ノーズのリーダーで、チャーミーこと小山祐さん。
小山さんは山崎さんに事件に際し、1990年4月1日にステージからファンに向けて、お詫びの挨拶をしました。

山崎さんが恐喝の容疑で逮捕されたため、ラフィン・ノーズが急きょ出演不能となったロックイベントの会場・クラブチッタ(神奈川県川崎市)には、ファンのすすり泣きの声があふれたのです。

この日、ラフィン・ノーズが飛び入りするという情報を聞きつけて集まった多くのファンは「予定されていたラフィン・ノーズの出演はありません」と書かれた貼り紙を見て、一様にガッカリした声をあげていました。

しかし、

ライブはできないが、せめて謝罪の言葉を…

という小山さんの強い希望が叶い、異例のステージ謝罪となったのです。

白のジャケットにトレードマークのヘアバンド姿で登場した小山さんにファンは絶叫。
皆ステージ前に駆け寄りました。

そして、小山さんが山崎さんについて、

俺の知っているアイツ(山崎さん)は、金目当てで、喧嘩を売るようなヤツじゃない。みんなも1回失敗したからと言って見捨てずに、またステージにあがったら暖かく迎えてやって欲しいんや。

とコメントすると、会場からは泣きながら「頑張って!」と声援が飛び交い、小山さんの沈痛な面持ちに、他のバンドのファンからも同情の声が出ていました。

後に、この事件についてリーダーのチャーミーさんこと小山さんは、こうコメントしています。

以前、俺らがむちゃくちゃになって解散しそうになった時、神戸から駆けつけて、思い止まらせてくれたのがアイツ(山崎さん)やった。大阪に一緒に行ってベーシスト探してくれたり、ほんまに、よぉやってくれたもんや。俺はバンドは兄弟やと思ってる。だから兄貴の俺は、アイツが帰って来たら1発しばくかもしれんなぁ。そして、何よりもまず被害者のお二人にきちんとお詫びを入れさせようと思っている。そして、アイツの人間性が最高に磨かれるのはステージの上やと思うから、胸を張ってライブをやれるようになるのが一番のケジメやと思う。俺がアイツを立ち直らせてやりたいんだ。アイツが俺たちを立ち直らせてくれたように。

さらに、

「NO FUTURE」とい言葉が好きなんやが、こういう意味で使っている。「自動的にやって来る未来はない。未来は自分で作るものだ」と。アイツ(山崎さん)も自分で未来を作るために頑張って立ち直らんとな。帰って来たら、とりあえず荷物運びからやらせようと思う。それにしても酒で自分を失っていたんやろな。そんなことするようなタイプの人間やないんやけど…特にファンに誤解されるのは辛いなぁ。

と語りました。

BELLEYこと山崎さんは恐喝容疑で逮捕された後、1991年にラフィン・ノーズは解散。
しかし、1995年にラフィン・ノーズは活動を再開し、山崎さんは約4年ぶりに復帰加入しています。

その後も、山崎さんは1998年に脱退するも、2008年4月に復帰加入。
さらに2013年12月に脱退しました。
ラフィン・ノーズはこうしたメンバー交代を経ながら、今なお活動しています。




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