1970年代

沢田研二…若い頃に起こした2つの暴行事件とは?!




 

ニックネームは“ジュリー”…
歌手で俳優でもある「沢田研二」さん。

1960年代後半のグループ・サウンズ全盛期からスーパー・スターとして活躍し、ザ・タイガースやPYG時代を含めたアルバム・シングルの売り上げ枚数1666万枚と、今なお人気の衰えない沢田さんですが、実は過去に2つの暴行事件を起こしているのです。

名前:沢田研二(さわだけんじ)
本名:澤田研二(さわだけんじ)
ニックネーム:ジュリー
生年月日:1948年6月25日(70歳)
職業:歌手、俳優、作詞・作曲家
所属:ココロ・コーポレーション
出身:京都府京都市
学歴:京都府立鴨沂高等学校(中退)




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1つ目の事件は1975年12月7日午後9時40分頃、沢田研二さん(当時27歳)は名古屋での公演を終え、沢田さんの乗る東京駅19番線に博多発の「ひかリ116A」列車が到着したところでした。
当時、東京駅の新幹線ホームには沢田さんを一目見ようと、40~50人ほどの女性ファンいたのです。

そこには降車デッキ付近で車内点検をするため男性駅員(当時30歳)もいました。
大騒ぎするファンの様子を見た駅員は「キャーキャー騒ぐだけのミーハーはくだらないなぁ」と、ぼやいたのです。

そのぼやきを聞いた沢田さんは「くだらないとは何事だ!」と駅員の両肩を掴み、頭突きを駅員の顔面めがけて食らわしました。
駅員は「私の暴言だった」と2、3度謝罪したと言いますが、沢田さんは聞き入れず、同僚が鼻血を出していることに気付いた他の駅員が沢田さんを捕まえ、丸の内口の鉄道公安室に同行する大騒ぎとなったのです。

この事件は一般乗客などからの訴えから12月10日に明るみになり、沢田さん起訴は免れたものの、面白おかしくマスコミに取り上げらえたのです。
これが1つ目の暴行事件で、通称「頭突き事件」です。

2つ目の事件はその翌年、1976年5月16日のこと…
今度は新幹線ひかり118号の車内で起きました。

当時、大阪のコンサートから東京に帰る途中、バンドマン7人と一緒に新幹線のグリーン車に乗っていた沢田研二さん。
すると、食堂車に行くために通りかかった男性(当時23歳)が、沢田さんを「いもジュリー」と呼んだのです。

沢田さんは食堂車から帰って来るその男性を待ち受け、「さっき、なんと言った!」と言い寄りました。
男性が「何も言ってない」と言うと、沢田さんが相手の体をつかんだため、双方でつかみ合いとなり、沢田さんは右手で男性の顔面を殴り付けたのです。

この事件も後日明るみになり、東京都丸の内署は沢田さんを任意で呼び出して、事情を聴くまでに発展しました。
沢田さん及びバンドのメンバーは「いもジュリー」と声かけられたと主張し、男性側は「よう、ジュリー」と声を掛けただけと主張が分かれます。

この事件は書類送検されましたが、沢田さんが殴られた男性に謝罪したこともあり、結局は示談となりました。
しかし、さすがに続けて2度の暴行事件ということで、沢田さんは6月1日より1ヵ月の謹慎となります。

当時、9月に久世光彦さん(小谷夏名義)の作詞、沢田さん作曲の「コバルトの季節の中で」を発売していましたが、活動再開後もNHK紅白歌合戦や賞レースを全て辞退しました。
この2つ目の暴行事件は、通称「いもジュリー事件」と呼ばれています。

さて、過去にこのようなヤンチャをしていた沢田さん…
さすがに今は大人しくなっただろうと思っていたら、そうではありませんでした。

最近でもコンサートで沢田さんがイスラム国の人質事件に関して自説を語っていると、客席から「歌って~」という声が飛び、この声に激怒して、「黙っとれ!誰かの意見を聞きたいんじゃない。嫌なら帰れ!」とファンを怒鳴りつけています。

また、この他にも同じくコンサートのMC中に、観客から声をかけられて、「余計な人が来てる」、「わかってない人がいる」などと一気に機嫌が悪くなったこともありました。
そうして「あと3曲やって終わります」と宣言し、本当に3曲だけ歌って帰ってしまったのです。

もっとも、沢田さんがコンサートで機嫌が悪くなるのはお馴染みのようで、逆にそれでもファンが詰めかける沢田さんのカリスマ性に驚いてしまいます。
さすがはスーパースター・ジュリーというわけですね。




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