1980年代

石田紀子…最後のフライトで墜落事故に遭う




 

テレビドラマ「燃えろアタック」や「おしん」などにも出演していた女優でタレントの「石田紀子」さん。

石田さんは女優として活動する一方で、日本初の女性ヘリDJとして活躍していました。
しかし 1987年8月2日の放送中に、乗っていたヘリコプターが墜落して亡くなってしまうのです。

名前:石田紀子(いしだのりこ)
本名:上野典子
別名義:中原歩
生年月日:1960年12月14日~1987年8月2日(享年26歳)
職業:女優、タレント
出生地:福岡県福岡市
学歴:千葉県立木更津東高等学校




Sponsored Links

1987年8月2日、午後3時53分頃、神奈川県茅ヶ崎市の沖合に、FM横浜がチャーターしたヘリコプターが墜落して2人が死亡、3人が重傷を負うという事故が起きました。

亡くなったのは石田紀子さん(当時26歳)と、FM横浜から番組制作を請け負っていた「テレコム・サウンズ」のプロデューサー伊藤美臣(いとうよしおみ)さん(当時40歳)です。

ヘリコプターは、同局で毎週日曜日、午後4時から30分間放送される「湘南ミュージックスカイウェイ」のためチャーターされていました。

この番組では、パーソナリティーがヘリコプターに乗って、地上の様子を伝えながら、リスナーからのリクエストにも応えるという異色のもので、当時は若者を中心にかなりの人気を得ていたのです。

ただ、DJの語り自体は事前に収録されたもので、ヘリコプターは放送分に合わせたコースを飛ぶ、言わばデモンストレーション飛行でした。

石田さんは1986年4月の番組スタート以来、DJを務めていましたが、この日を最後に番組を降りる予定になっていたのです。
つまり、これが石田さんにとって、これが最後のフライトでした。

8月3日の夜、石田さんの実家近くの千葉県木更津市請西(じょうさい)にある鹿鳥会館では、しめやかに仮通夜が営まれました。
しかし、あまりに突然の出来事に、訪れた弔問客は一様に言葉もなかったのです。

父親の上野房好(ふさよし)さん(当時53歳)と母親の波津子(はつこ)さん(当時49歳)は共に、ただ呆然とするばかり。

弔問に訪れた石田さんの友人は、

ご両頼のショックは大変なもののようです。お母様は「映画とかテレビのドラマの中ではこんなことが良くあるけど、うちの娘がこんなことになるなんて、とても信じられない」とおっしゃって…私もかける言葉がなかったです。

と沈痛な面持ちで語りました。

事実、母・波津子さんは番組が始まる当初、「空からの中継なんて」と大反対していたのです。
そんな母親を説得するために、石田さんは伊藤プロデューサーやスタッフと一緒に波津子さんを乗せて、実際にフライトしていたのだと言います。

その時、石田さんは

ヘリコプターからのDJと言っても安全なのよ。全然怖くないでしょ。

と話していました。

常に「新しいものにチャレンジしたい」と、口グセのように言っていた石田さん。
そんな石田さんに両親は根負けし、日本初の女性ヘリDJが誕生したのです。

放送関係者によると、

どんなにしゃべりのうまい人でも、ヘリの上からというのは、なかなか話がまとまらないものなんです。上下動はあるし、高所恐怖症の人もいるでしょう。頭の回転だっているし、とにかくある種の適性を必要とするものなんです。 彼女はそれができる女性でした。度胸もすわってましたね。そうしたことを伊藤君が見抜いて、彼女を起用したと聞いてますよ。

との声もありました。
難しい仕事にも関わらず、石田さんは持ち前の頑張りでこなしていたのです。

また、石田さんはこの仕事をやる前には女優としても活躍していました。
1979年の「燃えろアタック」(テレビ朝日系)にレギュラー出演しており、その後も「西部警察」(テレビ朝日系)や、「時代劇スペシャル」(フジテレビ系)などにも出演していたのです。
特に映画「化粧」(松竹)にも出演し、好評を得ていました。

1987年2月まで石田さんが所属していた事務所「オフィス・BIN」の斉藤敏之社長も、

とにかく顧張り星でしたね。うまい共演者がいたら、「あの人には負けたくない」とか、あるいは監督さんに叱られたら、「演技で見返してやる」とか、そういう気持ちはありました。あの子の場合は、その意味でひたむきに頑張った子でしたね。元々、芸能界入りに反対だった両親にも「大学に行く分だと思って仕送りしてください。その間に演技の勉強をします」と言って説得したという話も聞いてますよ。

と振り返っています。

8月4日に通夜、5日に告別式が行われましたが、この席である友人が、

今年の初めの頃です。「実は結婚したい人がいるんです」と相談されたんですよ。「良かったじゃないか」と言ったんですが、今思えば結婚が決まったというよりも、その男性と結婚したいというようなニュアンスでしたね。どちらにしても、放送を辞めると聞いた時は、これはヘリを降りて、家庭に入るんだなと思ってたんですが…

と打ち明けています。

ただ実際のところ、石田さんは最後となった放送で、

私は今日のフライトが最後です。これからは本来の女優業に戻って頑張ります。

と話していました。

石田さんをよく知る人の話によれば、やはり石田さんには結婚を考えるような恋人もいたとか。
しかし、元々女優でスタートした石田さんの中で、女優としてもう一度やってみたい気持ちがあったのだと言います。

恋人とされていた男性は、放送関係者で石田さんの2才年上。
祭壇にはその男性が選んだ真っ赤なブルゾンと、石田さんが好きだったという「星に願いを」の曲が鳴る手巻きのオルゴールが置かれました。




Sponsored Links



ピックアップ記事

  1. 島倉千代子…爆発物事件が起きて本当に「人生いろいろ」だった件
  2. 葉月里緒菜の現在から真田広之との不倫までを振り返ってみた件
  3. 椿姫彩菜がテレビから消された理由は「オネエ扱い」したから?!
  4. 松村邦洋がマラソン中に心肺停止で倒れた原因とは?
  5. 和田浩治と梓みちよ…馴れ初めからスピード離婚の原因は?

関連記事

  1. 1980年代

    太田博之…監禁・強要の容疑で逮捕されていた?!

    子役として映画やテレビドラマで活躍し、…

  2. 1980年代

    長谷川一夫…妻・繁夫人を追うようにして同じ病院で亡くなる

    当たり役だった東宝歌舞伎新春特別公演の…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

Sponsored Links
Sponsored Links

最近の記事

  1. 鳳啓助…元嫁(鏡子)に勝手に離婚届を出されていた?!
  2. シャネルズ…なぜ2か月間も活動停止したのか?!
  3. 島田洋七…目薬と水虫薬を間違えて失明の危機に陥ったことがある…
  4. 左とん平…過去に賭博容疑で逮捕されたことがあった?!
  5. 大和田伸也…妻・五大路子との馴れ初めから結婚まで
  6. 池田満寿夫と佐藤陽子(バイオリニスト)の馴れ初めとは?!
  7. 和田アキ子…自然気胸を患って入院したことがある?!
  8. 三遊亭小圓遊(四代目)…食道静脈瘤破裂が原因で死去する
  9. 石橋貴明と野坂昭如は本番中にガチで喧嘩をしたことがある?!
  10. BOØWY(ボウイ)…解散宣言をした理由は何だったのか?!
Sponsored Links

おすすめの記事

Sponsored Links

注目記事

Sponsored Links
  1. 2000年代

    Faylan(飛蘭)の自己免疫疾患ってどんな病気なの!?
  2. 2000年代

    林由美香…急逝の原因は何だったのか?!
  3. 1990年代

    やるならやらねば…死亡事故で番組打ち切り
  4. 2000年代

    ムツゴロウさん(畑正憲)…ライオンに指を噛まれた後も涼しい顔
  5. 1970年代

    柏村武昭…現在は政治家からラジオ番組に復帰していた?!
PAGE TOP