1990年代

ヒデとロザンナ…ヒデの死因とロザンナの現在とは?!




 

ジャンルは歌謡曲やボサノヴァ…
1968年、25歳の時にイタリアヴェネト州スキオロザンナ出身の歌手、「ロザンナ・ザンポン」さんとデュオ「ヒデとロザンナ」を結成し、「愛の奇跡」などヒット曲を連発したのがヒデこと「出門英」さんでした。

ロザンナさんとは1975年に結婚し、その後も夫婦デュオとして活躍を続けていたのです。
しかし、そんな出門英さんに早過ぎる死が訪れたのは1990年6月のことでした。

名前:出門英(でもんひで)
本名:加藤秀男
生年月日:1942年12月15日~1990年6月17日(享年47歳)
職業:歌手、作曲家、俳優
出身:東京府
学歴:ポニー音楽スクール

名前:ロザンナ・ザンボン
本名:加藤絽山奈(かとうろざんな)
生年月日:1950年7月3日(68歳)
職業:歌手、テレビタレント
所属:株式会社クリームカンパニー
出身:イタリア・ヴェネト州スキオ




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1989年7月、2人はNHKの「思い出のメロディー」でデビュー曲「愛の奇跡」を歌なうことになっていました。
この曲はしばらくテレビで歌っていなかったのですが、同年4月に作曲者の田辺信一さんが亡くなったこともあり、追悼の意味も込めて久々の出演を決めていたのです。

しかし、まさにそのリハーサルの日、出門さんの体を異変が襲いました。
2日続けて激しい下痢に見舞われ、なかなかトイレから出られないほどに…
本番中もヒヤヒヤするような状況だったと言います。

体調はその後、いったん戻ったのですが、10月になって再び激しい下痢に襲われます。
真っ青な顔でトイレに駆け込み、出てきたときは脂汗という異様な状況だったと言います。

ロザンナさんは「病院で診てもらいなさい」と勧めましたが、年末に向けて仕事のスケジュールはビッシリ…
病院に行ったのは暮れも押し詰まった12月26日でした。
3日後にもう一度診断を受けて、結果は年明けの1月4日に出ることになっていたのです。

この日、2人は知人とゴルフをする予定になっていました。
診断が気がかりなロザンナさんは出門さんを送り出して、病院に向かったのですが、そこで「(結腸(がんだよ。早く切らなきゃダメだよ。相当進んでいるようなんだ」と医師から思いがけない宣告を受けるのです。

ロザンナさんは医師のアドバイスに従って、がん告知をせず「早く手術しないと、がんになる」と笑顔で出門さんに告げました。
出門さんは他の医者にも行ったのですが、ロザンナさんは先回りして電話し、がんを伏せるよう医者に依頼していたのです。

結局、1月9日に入院しました。
病名を伏せたまま1月29日に手術が行われたのですが、がんはリンパ腺のほとんどに転移していたのです。

3月13日、一時外出が許されましたが、帰宅する際に「ホラ。オレ、がんじゃなかっただろう。もうオレは病院に戻らない」と両腕を天に突き出す出門さんにロザンナさんは何も言えなかったと言います。

退院中の15日に、次男の小学校の卒業式でデュエット…
17日には出門さんがプロデュースするゴルフショップのオープンに出席しましたが、これが公の場に出た最後となりました。
3月29日に発熱した出門さんは4月1日に再入院したのです。

ロザンナさんは残された日々を神に導かれながら過ごして欲しいと願っていました。
出門さんは病院で洗礼を受け、クリスチャンネームを授かりましたが、5月になると目に見えて衰弱していったのです。

6月15日に大量吐血し危篤状態…
ロザンナさんの必死の看病にもかかわらず出門さんは17日午後8時38分に帰らぬ人となりました。
まだ47歳の若さでした。

ごく一部の関係者を除いて、出門さんの病状は伏せられていたため、通夜に 駆けつけた友人らは「どうしてあんな健康な人が」、「まさかこんなことになってるなんて」とショックを口にしていたと言います。

ロザンナさんは一時帰国も考えましたが、イタリアの父にも子どもにも反対されて日本永住を決意…
その後は悲しみを乗り越えてソロシンガーとして再デビューしました。

ロザンナさんは60歳を過ぎた頃から終活について考えるようになり、「夫と同じ墓に入りたい」、「遺産相続問題で子供たちに迷惑をかけたくない」と帰化を決意…
2016年1月に帰化申請を行い、2017年3月30日付で日本への帰化が正式に認められて日本人となっています。




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