「どうぶつ奇想天外!」のナレーションなどを手掛け、ラジオとテレビで人気アナウンサーとして活躍していた「小島一慶」さん(当時46歳)。
そんな小島さんは1991年に、不倫と買春疑惑が報じられ、大きな騒動になりました。
名前:小島一慶(こじまいっけい)
本名:小島一慶(こじまかずよし)
生年月日:1944年10月2日(74歳)
職業:アナウンサー、ナレーター
出身:長崎県長崎市
学歴:日本大学芸術学部放送学科
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小島一慶さんのスキャンダルを報じたのは写真週刊誌「フォーカス」です。
当時、出演契約していたテレビ朝日が小島さんのために借りていたホテルの部屋に、コールガールとおぼしき外国人女性が訪ねる姿が掲載されました。
それと同時に、同誌は小島さんがパーソナリティーを務める番組スタッフだった女性が、小島さんとの不倫を理由に、夫に離婚されていたという記事も掲載したのです。
この女性は前年4月にも、小島さんの宿泊していたホテルの部屋を訪ねたところを知人に目撃され、家庭争議が始まったと言います。
小島さんは事実を否定していましたが、マスコミは人気アナの女性スキャンダルに沸き立ちました。
1991年3月15日、小島さんはやむにやまれず記者会見を開きます。
出た言葉は、
自分の軽挙妄動を恥じると同時に、自分が一番大事にしていた放送の場から引くことに決めました。これまで応援してくれたファンの皆さまには、こんなバカなことをしたバカな男がいたと伝えて下さい。
と廃業を宣言したのです。
しまいには目を赤くして、大粒の涙を流しながら「俺って、どうしようもないなあ」と声を絞り出すように、誰にともなくつぶやきました。
小島さんは1968年にTBS入社し、ラジオ担当として活躍、1971年からは深夜の「パックインミュージック」のパーソナリティーに抜擢され、独特の甲高い口調と親しみやすい語り口で人気を集めました。
その後、テレビで「ぴったしカン・カン」(1984年)の久米宏さんに続く2代目司会者を務めて、テレビにも進出したのです。
そうして、1989年にTBSを退社。
フリーアナウンサーとしてテレビ朝日と契約を結んでいました。
フリーでも仕事は順調で、折しも1991年4月から朝のワイドショー「モーニングショー」のメイン司会に決定。
登板直前の騒動に、テレ朝の対応は迅速で、15日午前に「モーニングショー」の次期司会に局アナの渡辺宜嗣さんを起用すると発表しました。
一方の小島さんは、レギュラー出演していた3本の番組から降板することが決まったのです。
その後、5カ月の謹慎生活を経て小島さんはイベント司会者として復帰。
当時、テレ朝は過剰反応ではないかと同情する向きもあり、徐々にラジオでの活動も再開して、日本レコード大賞、ラジオの実況やバラエティー「どうぶつ奇想天外!」(TBS系)のナレーターを務めるなど地道に活動を行っていました。
しかし、その後がいけませんでした…
2009年1月に今度は婦女暴行容疑で刑事告訴されていたことが判明。
この事件は結局、示談が成立しています。
告訴は取り下げられたものの、この時には弁護する声もなく、居場所はなくなってしまったのです。
1991年にスクープされた時も「共演の女性にボディタッチする」、「バイトの女の子に手を出している」などと女癖に関する話題がさんざん取り沙汰され、懲りていなかったことが明らかになりました。
そんなこんなで2014年に復帰。
3月には赤坂BLITZでパックインミュージックのイベントを白石冬美さんと行いました。
その後も、古巣のTBSラジオを中心に活動しています。
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