2000年代

ひでこコルトン…大学卒業から結婚・再婚を経て現在に至る




 

ニューヨーク在住25年、料理家、“COLTONS NEWYORK”代表取締役として、「NY*おもてなし料理教室」を主宰するフードを中心とした「Lifestyle Company-COLTONS NEWYORK」を立ち上げた「ひでこコルトン」さん。
今回はそんな「ひでこコルトン」さんの大学卒業から結婚、再婚から現在に至るまでのお話です。




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ひでこコルトン…大学時代から最初の結婚・離婚まで

大学卒業後は、長銀(ちょうぎん)の愛称で知られた日本長期信用銀行に入社したひでこコルトン。
長銀では主に債券を扱っていました。

しかし、この仕事がつまらなかったと言うひでこコルトンさん…
彼女が興味を持ったのは債券ではなく、株だったのです。

当時は外資系の証券会社が日本に上陸したばかりの頃で、幼い頃から英語が得意だったこともあり、ひでこコルトンさんは外資系証券会社への転職を考え始めます。
とは言え、当時の英語力では外資系企業に勤めるのは難しいと判断したひでこコルトンさんは、2年で長銀を辞め、語学留学のために、ニューヨークのコロンビア大学に入学したのです。

留学を終えて日本に帰国した後は、念願のモルガン・スタンレー証券に入社することができました。
また、そこで最初の夫となるアメリカ人男性との出会いました。

ひでこコルトンさんはその後、夫と共に渡米し、再びニューヨーク生活が始まりました。
彼女はこの頃には仕事も辞め、幼い頃から興味があり、得意でもあった料理の腕を本格的に磨きたいと思うようになっていたのです。

彼女は本場のアメリカ料理を勉強するために、老舗料理学校であるCIA(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)に入り、そこでみっちりと料理の勉強をしました。
この背景には当時はまだバブル期であったことや、モルガン・スタンレー時代に高級店での接待が多く、すっかリ舌が肥えてしまったからだと言います。

しかし、CIAを修了した頃に彼女は夫と離婚してしまいます。
理由は互いの色々な価値観の違いでした。

ひでこコルトンさんは、男性が女性を幸せにするものだという考え方であったのに対し、夫は妻に対して精神的にも経済的にも自立するのが当たり前だというアメリカ的な考え方を持っていたからです。




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ひでこコルトン…二度目の結婚から料理教室の経営に至るまで

突如として、ニューヨークで独り身となってしまったひでこコルトンさん。
料理の仕事はキャリアもなく、元の金融の世界に戻るしかありませんでした。

32歳の時にはUBS(スイスの投資銀行)のニューヨーク支店に入社。
ここでは主に米国株のセールスを行っていました。

元々は株が好きだった彼女は、これまで以上に仕事に夢中になって働いたのです。
一方で、37歳の時に現在の夫と知り合い、出会ってから2年後の2000年の2月22日に再婚しました。

39歳で、第一子(息子)を出産し、ようやく手に入れた幸せな結婚生活と愛する我が子だったのですが…
実は当時、勤めていたスイスの投資銀行の仕事が激務で、家族との時間を取ることができなかったのです。

そこで改めて自分の将来を見つめ直した彼女は、「まずはしっかり子育てをしたい」という結論にたどり着きます。
自分が理想とする生活を叶えるためには、「起業して、心底愛し一生かけてしたい仕事、つまりフードビジネスしかない」と、42歳にしてついに料理の道へ進むことを決意しました。

金融の世界から身を引く決意をした彼女ですが、意外なことにフードビジネスはスイスの投資銀行時代に培った経験を活かすことができました。
スイスの投資銀行時代、彼女はアメリカ企業と日本投資家の間を取り持っていました。

そこで今度は、ニューヨークの優れたシェフを日本人に知ってもらうきっかけを作ったり、ニューヨーク流のおもてなしを日本人に伝えていくことに重きを置いたのです。
これまでアメリカ人のホームパーティや企業のイベントにたくさん参加してきた経験も活かすことができました。

ニューヨークでのおもてなしやパーティの仕方は、日本とは違いエンターテイメントに溢れているということに気がつきました。
その経験から、アメリカ人のパーティで学んだアイデアやエッセンスを、日本人の皆さんとシェアできるようなお料理教室を開こうと考えたのです。

さらに料理だけでなく、テーブルトップやフラワーアレジメント、音楽、香りなどの空間プロデュースまで含めた料理教室をスタートしたのでした。

こうして彼女の狙いは的中し、ひでこコルトンの料理教室の受講者数は1500人を越えまでになりました。
彼女は現在、「COLTONS NEWYORK」という会社の代表をしながら、料理を中心とする各種事業を展開しています。

季節にあったニューヨークスタイルのおもてなし料理とテーブルセッティングを紹介する日本人女性向けの料理教室「NY*おもてなし料理教室」や、料理教室のプロを目指す認定講座、米国フジテレビ(料理コーナー)への出演、ウェディングをはじめとするイベントプロデュース、企業顧客向け商品PR・レシピ開発事業など幅広く手掛けています。




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