「MICHIKO LONDON KOSHINO」を設立したファッションデザイナー「コシノミチコ」さん。
そんな彼女のプライベートは意外と知られていません。
今回はそんなコシノミチコさんの現在や夫や子供に関してご紹介したいと思います。
名前:コシノミチコ
本名:小篠美智子(こしのみちこ)
生年月日:1943年1月29日(76歳)
職業:ファッションデザイナー
出身:大阪府岸和田市
学歴:神戸松蔭女子学院短期大学服飾科
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母親の小篠綾子(こしのあやこ)さんを筆頭に、姉のコシノヒロコ(小篠弘子)さん、コシノジュンコ(小篠順子)さんも同じく、ファッションデザイナーの家族に囲まれているコシノミチコさん。
コシノミチコさんは中学、高校、短大とテニス一筋で高校で全国優勝、短大時代はソフトテニス選手として、全国大会で優勝するほどの実力者でした。
しかし、やがては母親や姉たちと同じくファッションデザイナーの道を歩むことになります。
さて、そんなコシノミチコさん、プライベートでは過去に2度の結婚と離婚を経験しているのです。
つまり、バツ2ということですね。
実はコシノ三姉妹は全員、2回結婚しています。
ただ、唯一コシノミチコさんだけが2回離婚しており、現在も夫はおらず独身なのです。
コシノミチコさんの1回目の結婚は短大を出てすぐ、母親・綾子さんのお店を手伝い始めた頃でした。
相手はコシノミチコさんと高校時代の同級生で、岸和田の大資産家でもあった元・寺田財閥の実業家で南海電鉄社長の寺田甚吉氏の甥(おい)にあたる人物でした。
当時、寺田甚吉氏の岸和田紡績(後の大日本紡績、現在のユニチカ)が最盛期を迎えており、母親の綾子さんも岸和田紡績を始めとした紡績会社にも注文を取りに行っていたのです。
また、母親の綾子さんにゴルフを勧めてくれたのが、寺田甚吉氏でもありました。
このような関係もあり、阪神財閥の一族と結婚することになったコシノミチコさん…
しかし、夫婦関係は上手くいかず、すぐに離婚してしまいます。
2人の間に子供はいませんでした。
その後、1973年(昭和48年)にコシノミチコさんはファッションを学ぶためにロンドンに渡ります。
その2年後、1975年11月に今度はイギリス人でミュージシャンとして活躍するピーター・シャドウ(ジャドー)さんと結婚しました。
しかし、この結婚も上手くいかず、離婚してしまいます。
コシノミチコさんとピーター・シャドウさんとの間にも子供はいません。
この2度目の離婚で懲りたのか、それ以降、コシノミチコさんは結婚せず、現在も独身です。
しかし、ロンドンに渡ったことは無駄ではなく、1986年にブランド「MICHIKO LONDON KOSHINO」をスタートさせるきっかけになりました。
こうして「MICHIKO LONDON KOSHINO」は欧米のみならず、日本を始めとしたアジア諸国へ進出し成功を納めることとなったのです。
ロンドンのストリートファッションからデザインする服のインスピレーションを得たというコシノミチコさん。
日本人が洋服似合っていないのは、好きな服を着ていないから。歳だから、結婚したから、子供がいるから。勝手に縛られちゃっていますよね。これ似合う?どうして人に聞くのですか。好きなら着ればいいんです。お気に入りなら着ていれば必ず似合ってきますから。
自分が最も好きな人生を選んで生きて来たコシノミチコさんらしいコメントでした。
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