1970年代

大橋巨泉…パイプカット宣言の裏側には何があったのか?!





「ボクは子孫をつくらないことにしました」…
1972年1月24日の「11PM」(日本テレビ系)の冒頭で司会の「大橋巨泉」さん(当時37歳)はこう切り出しました。

名前:大橋巨泉(おおはしきょせん)
本名:大橋克巳
生年月日:1934年3月22日~2016年7月12日(享年82歳)
職業:タレント、放送作家、エッセイスト、評論家、実業家
所属:オーケーエンタープライズ
出生地:東京府東京市本所区(現:東京都墨田区)
学歴:早稲田大学第一政治経済学部新聞学科(中退)




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その日のテーマは「現代の恐怖、人類は滅亡する!?」というもの…
公害をこのまま放っておけば30年後、日本人の3人に2人は死んでしまい、もし公害がなくなっても地球上の人口は70億に達して、未曾有の食糧難に陥るというものでした。

巨泉さんの売りといえば、やはり遊び…
競馬、マージャン、ゴルフ、ボウリング、釣りなどを番組で取り上げ人気を博していましたが、時折こうしたお堅いテーマにも取り組んでいたのです。

それにしても、子孫をつくらないとは穏やかではありません…
しかし、巨泉さんは大マジメでした。
「ボクはパイプカットをする」と宣言し、間もなく本当に手術を受けてしまったのです。

最初の妻でジャズシンガーのマーサ三宅さんとの間には2人の娘がいましたが、2年間の別居の末、1964年9月に離婚…
娘は三宅さんが引き取りました。

「二度と結婚するつもりはない」と語っていた巨泉さんですが、5年後の1969年8月に14歳下の浅野順子さんと再婚…
順子さんはミス10代コンテスト世界大会で1位に輝いた美人で、春から巨泉さんが率いるバンドでボーカルを務めていました。

再婚の際、2人は1年間は子どもはつくらないと約束していたのです。
裏返せば、3年目になったらつくろうということでした。
そんな巨泉さんがパイプカット宣言をしたのは、その3年目だったのです。

なぜ、夫婦は方針転換したのか?…
きっかけは前年の夏に番組の取材を兼ね、夫婦で北米を訪れたことでした。

その時、ニューヨークに世界の科学者33人が集まっていたのです。
人類を滅亡から救うには子どもをつくらない以外に方法はないと「ノー・バース(産まない)運動」を提唱していました。

それを目の当たりにた夫妻は日本に帰国すると産むべきか、産まざるべきかを何度も話し合ったのです。
最終的に順子さんが折れ、2人は産まないことに決めました。

しかし、パイプカット以外に選択肢はなかったのでしょうか?…
後に気が変わった場合、再接続手術を受けることは可能ですが、授精機能が回復するかどうかは五分五分と言われています。
それまで夫婦は避妊をピルによって行っていました。
コンドームは失敗する危険があるので使わなかったからです。

実は順子さんは心臓が弱いこともあって、ピルをずっと使い続けるのは問題がありました。
もし間違って中絶ということになったら、さらに体に負担がかかります。
ならば、もっとも確実なパイプカットをするほかないというのが巨泉さんの結論でした。

当時、順子さんはまだ20代前半…
押し切られたとはいえ、相当な覚悟が必要だったはずです。
順子さんはこの件に関して一切口を開きませんでした。

“2人きりでいいの”と語ったとされていますが、すべて巨泉さんを通してのコメントだったのです。
本当の心情はわかりませんでした。

巨泉さんは50代半ばでセミリタイア…
子どもはつくりませんでした。

その後は巨泉さんは、幾度も闘病を経験しましたが、夫婦が一緒にいる時間は長く仲むつまじい関係を築き、2016年7月12日に急性呼吸不全のため、入院先の千葉県の病院で他界したのです。




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