1970年代

アグネス・ラムは現在もしっかりと稼いでいる?!





2000年以降で話題を呼んだ黒船グラビアアイドルといえば、2006年に来日したリア・ディゾンさんを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

しかし、遡ること40年数年前、1970年代後半に活躍した「アグネス・ラム」さんも、元祖グラドルとして社会現象を起こす人気を誇っていました。

名前:アグネス・ラム
本名:アグネス・ナラニ・ラム
生年月日:1956年5月21日(63歳)
職業:タレント、元グラビアアイドル
出身:アメリカ合衆国・ハワイ州オアフ島



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アグネス・ラムさんはハワイ在住の中国系アメリカ人で4人姉妹の末っ子でした。
父親の姓“ラム”は漢字で「林」と書き、母親はイングランド、アイルランド、ポルトガル、ハワイアンの血を引いていたのです。

1975年6月、当時19歳のアグネスさんは第1回クラリオンガールに選ばれます。
実は、その後アイドルの登竜門として数々の人気者を輩出したクラリオンガールでしたが、初回のアグネスさん起用の理由はなんと「お金は出せないが、効果的な宣伝をしろ」という社長命令でした。

そのためクラリオンは撮影スタッフをハワイに向かわせ、1日100ドルのモデル料で撮影を済ませたのです。

そんな経緯がありながらも、アグネスさんはこの年の夏にコダックのカメラ、秋にはライオンのトリートメントCMにも起用され、人気に火がつき始めました。

クラリオンのポスターは10月に1万枚が刷り上がりましたが、販売店の店頭に張り出すとすぐに盗まれ、急きょ10万枚を増刷したにも関わらず、あっという間になくなる騒ぎになったのです。

ライオンのポスターも50枚のプレゼント企画になんと14万通もの応募ハガキが殺到しました。
当時の日本では歌手でも女優でもないCMモデルが、ここまで大きなブームを起こすことは異例のことだったのです。

もっとも、当のアグネスさんは日本での芸能活動には全く興味を示しませんでした。
大ブレイク直前の1975年11月には撮影で来日していますが、人と自動車が多いのに呆れ、地下鉄では気分が悪くなったといいます。

「寒い国は好きじゃない」というアグネスさんは、「ハワイ以外の生活は考えられない」、「夢はモデルをやめて、カウアイ島(ハワイ州の島の一つ)に山荘を建てて結婚して、父と母と一緒に暮らすこと」と語りました。

1976年7月には来日が予定されていましたが、直前にキャンセル。
過密スケジュールとマスコミの取材攻勢を嫌ったアグネスさんが拒否したのではないかとの噂が流れました。

それでも商魂たくましい日本の芸能界は彼女を放っておきません。
歌手デビューにドキュメンタリー映画撮影と仕事の幅は広がり、1976年11月には2度目の来日が実現したのです。

熱狂的歓迎を受けた羽田ではファンに笑顔を振りまいていましたが、人波に押しまくられて怯えていたともいいます。

その後、CM撮影にバラエティー出演とスケジュールをこなし、「新春スター隠し芸大会」(フジテレビ系)の収録では振り袖姿まで披露しました。

百貨店のサイン会では先着100人のところに3000人のファンが押しかけ、1時間の予定が20分で切り上げられる騒ぎもあったのです。

翌年5月、3度目の来日では広島フラワーフェスティバルで、またもやファンが殺到して消防車で会場を後にするハプニングも起きました。

しかし、ほどなく引退し、1986年には結婚。
1987年に双子の男の子が生まれましたが、彼女のプロポーションは未だ健在です。

その後も子連れのCM出演やパチンコ「CR海物語」で過去の画像使用、写真集の復刻やフィギュアの発売、CD(ビクターエンタテインメント・2009年1月)など話題は尽きない元祖・黒船グラビアアイドルだったのです。




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