長谷川町子さんの代表作であり、戦後日本を代表する家庭漫画といえば「サザエさん」でしょう。
現在もテレビアニメ版の放送が続く人気作品だが、1993年3月、作者の長谷川町子さんの遺骨が盗まれるという驚きの事件が起きました。
長谷川さんは1992年5月27日、東京の自宅で冠状動脈硬化症による心不全で72年の生涯を閉じています。
しかし、生前、姉の毬子さんと「70歳を過ぎて体が悪くなったら入院しない。手術はしない。万が一の時は家族による密葬と納骨をすませるまでは公にしないで欲しい」と約束をしていました。
このため、納骨式が終わった6月30日に死去が公表されましたが、この遺骨が事件を引き起こすとは、この時、誰も想像していなかったのです。
名前:長谷川町子(はせがわまちこ)
生年月日:1920年1月30日~1992年5月27日(72歳)
職業:漫画家
出生地:佐賀県小城郡東多久村(現・多久市)
学歴:山脇高等女学校(現・山脇学園高等学校)
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翌1993年3月25日、長谷川さんの遺族の元に「遺骨を盗んだ。返して欲しければ金を出す。応じるなら新聞広告を出せ」というワープロ打ちの脅迫状が骨壺の写真とともに届きました。
墓を管理している石材店社長に確認してもらうと、、周辺のコンクリート目地が切られており、長谷川さんの遺骨は納骨室から盗まれていたのです。
200キロ以上もある納骨室の石蓋はピタリと戻されており、明らかにプロと感じさせる手際でした。
第一発見者となった社長はすぐに現場の写真を撮りました。
長谷川さんの姉の毬子さんは重大性と悪質性を考え、その日のうちに警察に通報…
翌26日には捜査員5人が霊園を訪れ、骨壷がないことを確認したのです。
事件の性質上、当初、盗難の事実は伏せられていましたが、ほどなく一連の動きをマスコミがキャッチ…
事件が大々的に報道される騒ぎとなりました。
犯人側の要求金額は2000万円だったともいわれています。
毬子さんが犯人の指定する通り、3月31日の読売新聞尋ね人欄に「原揚子さん 至急連絡下さい まり子」と広告を出したところ、犯人側からは2通目の脅迫状が届きました。
今度は振込先の銀行口座が指定され、翌日必ず振り込むように、と具体的な指示が書かれていたのです。
当初、毬子さんは要求通り、お金を払うつもりだったともいわれていますが、警察の説得に応じて4月1日に被害届を出しました。
3日、警察は都内5カ所の銀行ATMに張り込みます。
しかし、犯人からの動きはありませんでした。
また、実際にお金が振り込まれたかどうかについて捜査当局は明らかにしなかったのです。
5日朝、毬子さんの元に速達が届き、中には「JR渋谷駅山手線ホームコインロッカーに安置してあります」とワープロで書かれた便箋とコインロッカーの鍵が入っていました。
知らせを受けた捜査1課と玉川署員が駆け付け、黒いビニール袋に包まれた骨壺を発見…
遺骨は2週間ぶりに遺族の元に戻ったのです。
実はこの事件直前の2月16日には元最上恒産会長の早坂太吉さんの亡妻の遺骨が盗まれ、300万円が要求されるという別の遺骨盗難事件も起きていました。
この時も新聞広告掲載が指示され、早坂さんは結局、300万円を振り込んでいたのです。
警察はこの事件も合わせて捜査を続けましたが、結局、犯人は捕まりませんでした。
真相も未だ闇の中なのです。
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