1970年代

加賀まりこ…子供の死因は「前置胎盤」だった?!





フランス・パリ15区出身の女優ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)より、「和製ブリジット・バルドー」と呼ばれ、小悪魔的な魅力で人気だった「加賀まりこ」さん。

そんな加賀さんが自身の妊娠を知ったのは1971年10月14日…
当時27歳のときでした。

名前:加賀まりこ(かがまりこ)
本名:加賀雅子(かがまさこ)
生年月日:1943年12月11日(74歳)
職業:女優
所属:有限会社活動屋
出身:東京都新宿区神楽坂
学歴:明星学園高等学校




Sponsored Links

加賀さんは1971年9月末にファッション誌「ヴォーグ・パリ」の撮影で渡欧…
食事中にムカムカし胸が大きくなってきておかしいと思い、帰国後病院に行くと「オメデタです」と告げられたのです。
すでに5カ月目に入っていました。

週刊誌が一斉に加賀さんの妊娠を報じたのは12月に入ってからでした。
加賀さんは「子供は産みます。でも結婚はしません」と宣言したのです。

当時、あえて未婚の母になろうとする女性へのバッシングは凄まじいものでした。
子供の将来を考えるなら、せめて父親に認知を求めるべきとの意見が圧倒的だったのです。

まだ「シングルマザー」という言葉がない時代のことです。
加賀さんは子供の父親の名を明かしませんでした。

その相手とは夏前に関係が終わっていたからです。
妊娠判明後に生まれてくる子供のため、もう一度やり直せないか話し合いましたが、男性は首を縦に振らなかったのです。

ただ、認知まで拒むわけではない口ぶりだったと言います。
しかし、義理で認知してもらっても、みじめだと思った加賀さんは女の意地を貫きました。

相手は誰なのか?…
ウワサされたのは加賀さんと交際していた4歳下の歌手の男性。

時期と状況からその男性以外に考えられなかったのですが、加賀さんはずっとノーコメントだったのです。
ただ、加賀さんの姉貴分的存在の女性マネジャーが相手が誰かを認めました。

早くに情報をつかんでいた週刊誌は公表を数週間遅らせたと言います。
紅白歌合戦の出場者が発表される11月25日以降にして欲しいと加賀さんが懇願したからでした。
相手に迷惑がかかるのを恐れたのです。

妊娠がわかってから加賀さんは生活を一変させました。
早寝早起きに努め、胎教のためにクラシックを聴くようになったのです。
また、一度も履いたことのない毛糸の下着を身に着け、嫌いな牛乳を鼻をつまんで流し込みました。

けれども、そうした努力は報われなかったのです。
予定日より2カ月も早い2月14日朝に加賀さんは出血して緊急入院…
胎盤が落ちてきて子宮口をふさぐ前置胎盤のため、帝王切開が行われ、午後3時15分、女児が誕生しました。

加賀さんは一瞬だけわが子を抱きましたが、すぐ引き離されたのです。
体重が1200グラムで未熟児センターに移さなければならなかったからでした。

医師たちは精いっぱい手を尽くしましたが、生まれて7時間半後の10時50分、息を引き取ったのです。
当時の医学の限界でした。

加賀さんが娘の死を知らされたのは4日後…
彼女自身も体にダメージを受けており、もし、事実を知ったらショックで危険な状態に陥ると周囲が懸念したからです。
病室で娘の死亡記事を読んだ加賀さんは電話機を床に叩きつけて号泣したと言います。

それから1カ月半後、加賀さんは現場に復帰…
岡田裕介さんと共演する映画「初めての愛」でいつもと変わらぬ妖艶な演技を見せました。

悲しみを吹っ切るために仕事に没頭するしかなかったのです。
人々はそんな加賀さんの毅然とした生き方に感銘し、女優として今も憧れの存在になっているのです。

ちなみに近年の加賀さんの恋愛事情は?と言えば、2017年10月18日のテレビ番組内で事実婚していることを明かしています。
お相手は6歳下のドラマ演出家の男性で、加賀さんが55歳のときからアプローチをかけ、5年越しの恋が実ったとか。

そうして、5年後の60歳のときから事実婚をしている加賀さんは、「何度もめげたけれど、最後の時を一緒に過ごすのはこの人しかいないなと思った」と語っていました。




Sponsored Links



ピックアップ記事

  1. 葉月里緒菜の現在から真田広之との不倫までを振り返ってみた件
  2. 田島寧子…水泳選手から女優に転身して現在は「派遣社員」?!
  3. 森繁和…妻・靖子との馴れ初めはファンレターだった?!
  4. 杉本公雄…熊谷幸子との馴れ初めと結婚式までを振り返る
  5. 椿姫彩菜がテレビから消された理由は「オネエ扱い」したから?!

関連記事

  1. 1970年代

    黒沢明…自殺未遂の背景には何があったのか?!

    1971年暮れ、すでに世界的評価を得ていた「黒沢明」監督(当時61歳)…

  2. 1970年代

    大和田伸也…妻・五大路子との馴れ初めから結婚まで

    テレビドラマ「藍より青く」や「水戸黄門」、「踊る大捜査線シリーズ」など…

  3. 1970年代

    篠ひろ子…自殺未遂の原因は何だったのか?!

    東北学院大学法学部2年生在学中にゴルフ練習場でスカウトされ、東北放送テ…

  4. 1970年代

    和田アキ子…最初の旦那・小林甫との離婚理由とは?

    「私がかわいい女じゃなかったということ」…こう言って、「和田アキ子…

  5. 1970年代

    和田浩治と梓みちよ…馴れ初めからスピード離婚の原因は?

    石原裕次郎さん、小林旭さん、赤木圭一郎…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

Sponsored Links
Sponsored Links

最近の記事

  1. 山本譲二…妻の植木悦子との馴れ初めとは?!
  2. 松田聖子…デビュー5年目でも収入はとんでもなかった?!
  3. 牛島和彦…妻の光江との馴れ初めから結婚まで
  4. 八千草薫…メニエール病という病気を患ったことがある?!
  5. 具志堅用高…妻・香澄との馴れ初めから結婚まで
  6. 森繁和…妻・靖子との馴れ初めはファンレターだった?!
  7. 久米宏 …愛人が自殺未遂をして謹慎処分になったことがある?!…
  8. 倉田保昭…クラタスポーツ・スタジオを全国展開しようとしていた…
  9. ジャッキー佐藤とナンシー久美…ジャパン女子プロレスリング設立…
  10. 都はるみ…引退の理由は中村一好が関係していたのか?!
Sponsored Links

おすすめの記事

Sponsored Links

注目記事

Sponsored Links
  1. 1990年代

    IZAM(シャズナ)…吉川ひなのとのスピード離婚
  2. 2000年代

    イアンソープ…引退理由は「ドーピング」って本当?!
  3. 1980年代

    久米宏 …愛人が自殺未遂をして謹慎処分になったことがある?!
  4. 2000年代

    田中美里…パニック障害で女優業の危機?!
  5. 1990年代

    梅宮アンナと羽賀研二が別れた理由を2017年に再調査してみた件
PAGE TOP