1970年代

大信田礼子…都倉俊一との馴れ初めから結婚・離婚まで

1978年1月14日…
シンガーソングライターで作曲家の「都倉俊一」さん(当時29歳)は、渋谷区役所広尾支所を訪れて離婚届を提出しました。

妻の「大信田礼子」さん(当時29歳)が家を出て3ヶ月半…
離婚に向けた話し合いはドロ沼化する様相でしたが、前日あっさり決着し、2人は離婚届に署名捺印したのです。

名前:大信田礼子(おおしだれいこ)
生年月日:1948年9月15日(69歳)
職業:女優、歌手
出身:京都府京都市
学歴:駒沢学園女子高校




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1973年、都倉さんが作曲した「同棲時代」を大信田さんが歌い、2人は急接近…
噂が出た時、宣伝用のロマンスとみる向きもあったのですが、恋を成就させ、同年8月、婚約を発表したのです。

結婚式は1974年1月、都倉さんの父が大使を務めるハンガリーのブダペストで行われました。
レセプションには各国の大使や政府高官が数多く列席…
感激で目を腫らした大信田さんは一人一人に覚えたてのドイツ語で、「ダンケ・シェーン(ありがとう)」と挨拶したのです。

実は大信田さんが結婚を意識した相手は都倉さんが最初ではありませんでした。
1969年1月には阪神タイガース在籍の江夏豊投手と婚約していたのです。

大信田さんの大ファンだった江夏さんが猛アタックしたのです。
しかし、この恋は長くは続来ませんでした。

同年、シーズンが始まると、江夏さんは左肩痛で絶不調…
在阪のマスコミは「乱調は大信田との恋が原因」と書きたて、ファンは「色ボケ」と江夏さんをこき下ろしたのです。
5月下旬、2人は話し合った末、婚約を解消しました。

それから4年後、都倉さんからプロポーズされた大信田さんは最初、躊躇していたのです。
理由は江夏さんとの破局のトラウマだけではありませんでした。

音楽界の貴公子と呼ばれていた都倉さんは女性にモテたのです。
しかし、手帳に女性の電話番号がいっぱい書いてあるからイヤだと大信田さんが結婚を断ると、都倉さんはその場で手帳を破って暖炉に投げ入れました。
それに感激して、大信田さんは思わずOKしたのです。

こうして結婚し芸能界を引退した大信田さんでしたが、間もなく後悔し始めます…
都倉さんが女性にモテるというのが原因ではありませんでした。

お坊ちゃんの都倉さんは人の気持ちの機微がわからず、相手が傷つくことを平気で口にして亀裂が深まっていったからです…
たとえば1976年夏、大信田さんの知り合いが自宅に遊びに来た時のことでした。

帰り際に、都倉さんはその女性に向かって「もう二度と来ないで」と言ったのです。
自宅では大信田さんと2人だけでいたいという本音をそのまま漏らしてしまったのでした。

そうしたことが重なり1977年9月末…
大信田さんはついに渋谷の自宅を飛び出したのです。

都倉さんはまだ修復がきくと思っていたのですが、大信田さんの決意は変わりませんでした。
双方が弁護士を立て、離婚に向けた話し合いがスタートしたのです。

当初、慰謝料の開きが大きく、弁護士同士ではなかなか進展しなかったのです。
そこで大信田さんは都倉さんと2人だけで会うことを提案してその日に全て解決しました。

慰謝料は3000万円…
当時の都倉さんはピンク・レディーのヒット曲のほとんどを手がけていました。
日本一の売れっ子作曲家が支払う額としては少ないような気もしますが、大信田さんはなんとかして早く別れたかったのです。




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