2011年5月に77歳で亡くなった元俳優の「長門裕之」さん。
晩年は2009年10月に亡くなった妻、南田洋子さんを介護する姿がしばしば報じられました。
二人は芸能界を代表するオシドリ夫婦として知られ、妻との共演も多かった長門さんでしたが、一時は自分が書いて発表した文章が原因で表舞台から消えていたことがあったのです。
名前:長門裕之(ながとひろゆき)
本名:加藤晃夫(かとうあきお)
生年月日:1934年1月10日~2011年5月21日(享年77歳)
職業:俳優
出生地:京都府京都市中京区
学歴:立命館大学文学部(中退)
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1985年10月21日、一冊の本が出版されました。
タイトルは「洋子へ 長門裕之の愛の落書集」というものです。
当時、出版界は江本孟紀さんの「プロ野球を10倍楽しく見る方法」や、ダン池田さんの「芸能界本日モ反省ノ色ナシ」が大ヒットするほどの暴露本ブームでした。
内部告発が話題をさらった時代だったのです。
長門さんの「洋子へ」も、版元が成功してバカ売れしました。
発売初日に初版2万部がはけて、最終的に50万部を売るベストセラーとなったのです。
普通なら長門さんも版元もウハウハ…
ところが、長門はさん奇妙な記者会見を開くのです。
「こんな本はダメ」、「出版社が捏造した」、「買わないで」と真っ青になって訴える光景が、テレビで繰り返し放送されました。
この本はタイトル通り、妻へのラブレターと言えなくもないのですが、女優を中心に「100人切り」を豪語する女性遍歴が実名を交えて書かれていました。
特に問題になったのは、女優OさんとIさんとのくだりです。
Oさんとは20歳の頃に、恋仲だったと告白。
上京したOさんにホテルに呼び出されて、彼女の部屋で「久しぶりにくちびるを重ね激しくベッドに押し倒した」、「ぼくは彼女の中で激情した」と官能小説風に書かれていました。
Iさんとは「女房公認の恋人」、「ふたりでよく外泊」、「ロケ先のホテルではぼくの下着まで洗濯してくれる」などと、長年の不倫関係だったと書いたのです。
男女関係以外でも、当時、長門さんが妻の南田さんと一緒に経営していた「人間プロダクション」を辞めたKさんには「あの若さで金に汚い」、「男性関係にルーズ」痛罵の数々が記されていたのです。
さらには、松田聖子さん、渥美清さん、大橋巨泉さん、愛川欽也さんらに対する辛辣な人物評も満載でした。
この本の記述に対してOさんは、かつての恋仲を否定しないものの、書かれていた件は事実ではないと明言したのです。
Iさんは記者会見で事実無根と抗議し、「何で私が下着を洗わなくちゃいけないんですか」と激怒しました。
Kさんも長門さんの嫌がらせとし、法的手段も辞さずと怒りの記者会見を開いたのです。
抗議を受けた長門さんは何度も謝罪会見を開き、1月17日付でスポーツ紙各紙に謝罪広告を出しました。
それでも怒りが収まらないIさん宛てに30日に再び謝罪広告を出し、12月23日には、問題箇所を書き直した改訂版も発売したのです。
しかし、長門さんが捏造と断じたにも関わらず、ほぼ本のままの取材速記録が出版社側から流出し、長門さんの信頼はますます失墜しました。
売れっ子だった長門さん・南田さん夫妻は、ほぼ全部のテレビ番組とCMから降板。
再びオシドリ夫婦といわれるのは、晩年の介護報道まで待たねばならなかったのです。
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