名前の由来は、父・初代・林家三平師匠の本名、泰一郎の「泰」の字と、母・香葉子さんの「葉」の字からとって付けられました。
初代・林家三平師匠と香葉子さの次女で、シンガーソングライターの「泰葉」さんです。
そんな泰葉さんが、落語界のプリンスと呼ばれていた春風亭小朝さんと結婚したのは1988年6月のことでした。
わずか3回のデートで婚約…
家族や一門の反対を乗り越えてのゴールインだったのです。
当時の泰葉さんは「浮気とか、父を見てましたから覚悟はしてます。浮気も打ち明けられる、隠し事のない家庭を築きたい」と喜びを語っていました。
しかし、結婚から19年が過ぎた2007年11月13日に突然、離婚を発表して世間を驚かせたのです。
名前:泰葉(やすは)
本名:海老名泰葉(えびなやすは)
生年月日:1961年1月17日(57歳)
職業:シンガーソングライター、タレント、プロデューサー
所属:泰葉エンターテイメント
出身:東京都台東区
学歴:桐朋学園大学音楽学部(中退)
Sponsored Links
会見場には金屏風が用意され、正蔵さんと一平さん(現・三平)の弟2人が同席するという前代未聞の離婚会見でした。
「登壇します!」と威勢のいい司会者の声で2人は登場…
泰葉さん(当時46歳)は「会見の下見をしたらあまりにも壁が殺風景だった」と金屏風の理由をコメントしました。
離婚後も同じマンショジの別フロアに住む泰葉さんは「夫婦から援助交際になるようなものです」と語ったのです。
一方の小朝さん(当時52歳)は「離婚届は最後のラブレター」と語るなど、理由を追及する取材陣とはかみ合いません…
正蔵さん、いっ平さんは終始うつむいたままでした。
泰葉さんの「夫婦愛はなかったですね」の発言に小朝さんがショックを受けるシーンも見られ、会見はあたかも離婚大喜利のようだったのです。
泰葉さんによると、離婚を意識したのは同年夏ごろから…
一時はいっ平さんの三平襲名まで我慢しようとも思ったのですが、結局、先代・三平師匠の命日の9月20日に、「奥さんのポジションから外してほしい」と切り出しました。
突然のことに驚いた小朝さんでしたが、「いいよ」と承諾したと言います。
その後も円満な関係が続き、一時は「キレイに別れた」と思われていました。
しかし、2008年5月に、小朝さんと事務所女性との不倫報道が流れたころから怪しい雲行きになっていきます。
泰葉さんはそれまで小朝さんを「師匠」と呼んでいましたが「元パートナー」、「おまえ」、「アイツ」に変化…
さらに「離婚の真相を話します」と内幕を週刊誌に暴露するなど、騒動は尾を引くばかりで、「泰葉の革命プロジェクト」というブログでは過激な発言を繰り返すようになったのです。
2008年9月28日には「離婚の本当の理由の一つを書く!元夫だった金髪豚野郎は私の母のことを20年間『ケロ』と言っていた」と怒りの発言をブログに掲載しました。
小朝さんが「天使」と呼ぶ事務所のマネジャーは「クソ天使」、さらに周囲の人を「クソババア」と呼ぶなど大暴走したのです。
母親の海老名香葉子さんは「一人でいると感情の矛先がなかったんでしょうか。もう少し大人になって世間の目に触れることを考えないと」と謝罪のコメントを出しましたが、「金髪豚野郎」発言はニュース番組でも取り上げられる騒ぎになりました。
会見を開いた泰葉さんは「大人の対応とか、美しい、エセなものが嫌いな私です。だからぶつかっていっちゃうんです。本気で」と心境を語ったのです。
その後もハッスル参戦などお騒がせを繰り返しましたが2009年、「昨年から今年にかけて房が崩壊していたのがよくわかりました」と再出発の弁と共に、本来の仕事でもあるライブなど音楽活動を続けるようになりました。
しかし、その後もお騒がせは続き、2016年6月6日、ねぎし事務所を退社し、個人事務所「泰葉エンターテイメント」を設立…
同社社長就任を発表しました。
2017年9月20日にはイラン人会社経営者のメィヒディ・カーゼンプールさんとの婚約を発表…
しかし2018年4月23日には、この婚約を解消したことを報告しています。
最近でも2018年2月19日に公式ブログにて「ここ数日 頑張りましたが DVDが 数十枚しか 売れず 自己破産に なりました」と自己破産したことを公表…
9月28日には、元マネージャーを脅迫し書類送検されていることが明らかになりました。
今は大丈夫なのか?…
いつも心配になるお騒がせ泰葉さんでした。
Sponsored Links
この記事へのコメントはありません。